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 ここ数日の無断行動、それを全て打ち明けた上で理解を得て、更に協力を要請する。エリアスは、考えれば考えるほどそれがどれほど厚かましく道理に外れた行いかは重々承知はしているつもりだった。それでもどうしても必要なのだから、自分の行動に後悔は無い。ただ、それが社会通念上どうであるかは別の話である。
 何とか認めさせなければ。そんな強い決心を胸に、エリアスは査察四課の執務室へやってきた。
「お? なんだ、今日は休みじゃないのか?」
 現れたエリアスに、ボスは新聞を片手に小首を傾げる。部屋をざっと見渡すと、ベアトリスを除いた全員が来ていた。そして、如何にも暇を持て余しているといった姿で、けれど表情は暗く陰鬱なものばかりである。この状況は、査察四課に普段のように仕事が回されなくなった事と、ベアトリスの見せしめ逮捕によりオリヴァーに睨まれている実感から来るものである。
「ちょっと、大事な話があります。ただ、内容が内容だけに、少し話難くて……」
「はあ? 休み取って仕事の話だってか。若いもんはいいねえ、こんなつまらねえ仕事にも精力的でよ。つーか、上に睨まれてるの忘れたのか?」
「承知の上で話しています。これから話そうとしているのは、睨まれるどころじゃ済まない事ですから」
「……お前、頭の方ははっきりしてるのか?」
「大丈夫です。熟考した上で行動に移した訳ではないので、そこの拙さだけは悔やんでいますけれど」
 そうはっきりと答えるエリアス。すると、これまでふざけ半分の態度だったボスは、急に神妙な顔付きになり新聞を折り畳んだ。
「おい、誰か一人、外で見張ってろ」
 ボスの指示に、一人が執務室から出てドアの前に立つ。急に誰かに入って来られないようにするためだ。
 ボスの様子に気付き、一同は無言のままボスの机の側へ集まる。エリアスはそこで囲まれるような位置に立った。
「話せ。お前、一体何をやらかした?」
「オリヴァーとマフィアの繋がりを突き止めました。今、ある場所に双方が偽名でやって来ています。何らかの会合をするのが目的かと思われます」
「会合? あのオリヴァーが、わざわざ自分からそんな奴らのために出向くリスクを負うのか?」
「そうせざるを得ないほど重要な何かがあったのだと思います。金絡みなのか、裏の仕事の事なのか」
「情報は確かなのか?」
「信頼できる筋からの情報です。自分が保証します」
 そう断言するものの、確度を第三者に納得させるには弱過ぎるとエリアスは思った。結局の所、その信頼性は理屈ではなくあくまで主観によるものだからだ。
「となると、そこに俺達が踏み込めば一網打尽って事になるな。オリヴァーの奴がいなくなり、それだけの手柄を得りゃ、国税局の再編後にも四課は残れるって寸法か。うん、悪くないな」
「もし乗ってくれるのなら……時間がありません。彼らがいつ会合を行うのかまでは分からないのですから」
「よし、いいだろう。どうせ何もしなけりゃ、俺達四課はお払い箱にされるんだ。うまくいこうがいくまいが、派手にやってやろうじゃないか!」
 ボスはここ最近見せることがなかった強い気炎を上げ、一同を鼓舞する。皆もボスと考えている事は同じで、力強い返事をした。
 どれだけエリアスの情報が信用出来るか分からなくとも、この現状を変える何か手立てがあるのなら何だろうと乗ってやる。どこか自棄にも似た勢いをエリアスは感じた。けれど、それはそれで都合が良かった。情報源を根掘り葉掘り訊かれれば、それだけで時間を大きく割かれるだけでなく拒絶すらされかねないからだ。
 みんなを騙し、焚き付け、煽動しているようで、自分のやり方に罪悪感を覚える。果たして本当に自分のやっている事は正しいのか、今までもまったく疑問が無かった訳ではなかったが、皆の姿を見ているとその思いがより強くなっていくのを感じた。
 皆が盛り上がる、まさにその時だった。突然エリアスは背後から肩を叩かれる。振り向くとそこには、普段通り冷静で無表情なアントンが居た。
「エリアス、何処の誰と連んだ?」
 アントンは皆には聞こえない程の声でそう訊ねる。それはまるで、エリアスの独断専行を全て察しているように見えた。
 一言で簡潔には答えられない。エリアスは返答に困り口ごもらせる。すると、
「今はいい。お前が、自分の良心に悖る事をしていないなら、それはそれでいいだろう。ボスの言う通り、俺達は手段を選べる状況じゃないからな」
「はい……ありがとうございます」
 アントンは追求しなかった。しかしそれは、決してエリアスの全てを見逃すという事ではない。あくまで今だけは黙認する、僅かな猶予を与えられただけだ。
 この件、何とかうまく事を成功させたい。査察四課を再編後に残すためだ。けれど、その時に自分は国税局には居られないのかも知れない。そうエリアスは覚悟を決めた。