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 誰よりも早く詰め所へやって来るコウは、まず部屋の掃除から始める。そして各騎士団を統括する総長、その運営組織に当たる総司課へ赴きその日一日の業務を書面で受ける。指示書は団長の机へ置き、今度はお茶の用意をする。こうしている内にまばらにやってくる団員が揃い、朝の打ち合わせが始まった。
「今日も全員揃っているようだな。では、本日の業務について説明する」
 コウの持ってきた指示書を片手に皆の前に立つのは、この第十三騎士団の団長であるセタという青年だ。まだ歳も若く孤児の出身ではあるが、隣国ベネディクトゥスと長きに渡り繰り広げていた戦争に実質的な勝利を収める立役者となる大功を挙げた人物だ。セタは市井の間でも未だに評判が良く、このサンクトゥス国随一の英雄と賞賛する声も少なくない。
「そんなこと言っても団長、どうせまた市街地の見回りとかそんなんでしょ」
「そうそう。俺ら第十三騎士団の仕事なんて、そういうどうでも良いもんばっかりじゃないですか」
 騎士達の中から、自虐的にも軽口にも聞こえるそんな声が飛び出す。そして彼らはそれに同意するかのように、遠慮の無い笑い声を飛ばした。
「見回りも立派な仕事だぞ。我ら騎士団の姿を見せるだけでも、人々は安心感を覚えるものだ。民の安寧は王の安寧でもある。我々の仕事は王にも通ずる尊いものだ」
 セタはいたって真面目な口調で答える。
 コウは、それらは綺麗事であり詭弁と思っているが、このセタに関しては本気で言っているものだと確信していた。長くセタを見てきたコウは、セタの言葉と行動が乖離したのを一度として目にした事が無いからだ。
「団長は真面目過ぎんスよ。俺らのこと、今更知らない訳でもないでしょうに」
「評価のために尽くすのではない、国のために尽くすのだ。風聞など気にする必要は無い」
「はあ、やっぱり本物の英雄殿が言うと、言葉の重みが違うなあ」
 そして今度は、茶化した笑いではなく感心したような溜め息を皆が漏らした。
 この国においてセタは、時折英雄と呼ばれている。それは、隣国ベネディクトゥスとの長きに渡って繰り広げて来た戦争に終止符を打つ、大きな決定打となる戦果を挙げたからだ。そのため、血統やコネが必須となる騎士の称号を単なる平民の出自で拝領出来たのである。
「さあ、無駄話は終わりだ。仕事に出るぞ」
 セタの合図に、あまり気乗りのしない様子だった面々もすぐに立ち上がって用意を調える。元平民のセタが団長として皆に受け入れられているからだ。
 それぞれが各自の持ち場へと向かう中、残るコウはセタへ話し掛ける。
「あの、自分は何をしたら良いでしょうか?」
「なら俺に付いて来い。今日は御前広場の周辺を警備する」
「ですが、そこは近衛兵の持ち場なのでは?」
「だから、あくまで周辺だ。彼らの持ち場の外の警備だ」
「ほとんど人気のない空き地みたいな所ばかりじゃないですか」
「だからこそ、不逞の輩が居るかも知れない」
「そういうものでしょうか」
 あんな空き地の巡回など、仮にも騎士の身分を持つ人間がするような仕事ではない。コウの口調は、仕事の重要性よりも騎士という身分を持つ者への待遇に対する不満に満ち満ちていた。だが、それをはっきりと口にしない事には理由があった。
 セタが長を務める第十三騎士団。それはセタへの恩賞と同時に設立された部署である。名前こそ騎士団となってはいるが、そこに属するのは何らかの理由で他の騎士団に居られなくなった者や身分が低く出世の出来ない者ばかりである。他の騎士団が持て余した人間が意図的に集められており、そう言った背景から第十三騎士団の序列は最下位で、与えられる仕事も騎士という花形からは程遠い人目に付かない地味なものばかりだった。
 コウはセタに従えられながら城内を歩く。セタは他の騎士とは違い、公の場では常に目立たないよう振る舞っていた。廊下や通路を歩くにも、必ず使用人達のように端を歩いた。その様を他の騎士達は侮りを込めて見、時折陰口を叩いた。平民出の騎士に相応な振る舞いを、彼ら貴族出の者達は当たり前のように求めているからだ。
 そしてセタは、御前広場側の空き地を地道に巡回し異常が無いか確認する。コウもそれに従いながら、何故彼はこのような待遇を受けながらも文句一つこぼさないのか不思議でならなかった。コウが騎士見習いとしてこの第十三騎士団へ入って以来、セタが騎士団長らしい命を受けた事は一度としてない。常にこういった使用人達と変わらない雑用ばかりを命じられている。終戦から数年が経過しているが、セタは騎士の本分として訓練は欠かさない。その実力は、他のだらけきった貴族騎士達を遥かに上回るだろう。けれどセタは自らの実力をひけらかしたりはしない。自分の力は国に捧げるためのものだと決意しているからだ。過去の戦功も今の実力も主張しないセタは、必要以上に低く見られている。
 この国を実質的な戦勝へ導いた人間を、何故この国は冷遇するのか。そしてセタ本人は、何故この事を甘んじて受け入れるのか。
 セタは、英雄とは名ばかりで実際は犬のような男だ。コウの率直なセタへの印象がそれである。
 そして、コウは考える。
 国家に最も忠実で最も強いこの男は、一体どんな時に確実に殺せるような隙を見せるのだろうか。