徒や疎かに

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　その日の朝、いつも通り詰め所に第十三騎士団の面々が集まった。コウは今朝受け取って来た業務内容をセタへ受け渡すが、今日のセタは普段と様子がいささか異なっていた。具体的な言葉で言い表す事は難しかったが、どこか落ち着きが無くそわそわしているように感じた。
　そしていつものように朝礼が始まる。だが今朝は、最後にセタが突然と私信を付け加えて来た。その内容こそが、まさに今朝のセタから感じられる違和感の原因だった。
「あーその、皆には急な話になるのだが……」
　妙に歯切れ悪く話し始めるセタ。セタは朝礼を業務の一つとして捉えており、伝える内容は常に明確であるように努める。しかし今朝はそういったものが完全に欠落しており、騎士団の面々も皆小首を傾げた。
「実は、だ。私の妻が妊娠しているんだ」
　妊娠。セタが妻帯者である事は周知の事実だ。妻の妊娠はおかしな事ではないが、しているという言葉の表現がおかしいように思えた。
「えっと、した、という事ではないのですか？」
　コウが皆の疑問を代弁するかのように訊ねる。するとセタはばつの悪そうな表情を浮かべた。
「いや、妊娠したのはもうずっと前の話だ。まだ皆には伝えていなかったんだが……」
「どうして？」
「私情だからな。言いそびれてしまったというのもあるのだが……まあ、とにかくだ。もうしばらくすると出産の時期に入る。それで急に仕事を抜けざるを得ない事になるかも知れないが、申し訳ないがその時は迷惑をかけてしまう事になる。先に謝っておく」
「出産時期って、今どれくらいなんですか？」
「もう八ヶ月だ」
　その場にどよめきが走る。それはもう既に安定期に入った妊娠後期であり、セタはそこまでずっと皆に隠していたという事になるのだ。
「どうしてもっと早く言ってくれないんですか、水臭い。お祝いの一つでもやりましょうに」
「いや、私事でそういった事をするのは申し訳なくてだな」
　幾分照れた様子で弁明するセタ。そんな彼を一同はセタらしいと笑いながらはやし立てた。だがコウは、セタの発言に違和感を覚えてならなかった。幾ら私情とは言え、それくらいの事をずっと隠しておいた事に納得がいかなかった。皆に遠慮していたと言うよりも、むしろセタは何かに警戒していると考える方が遥かに自然だ。王宮内で存在をあまり快く思われていないセタにとって、妻の妊娠は大きな弱味とも言える。それを狙われる心当たりがあるのだろうか。
　何にせよ、これでセタの自宅を訪ねる理由が出来た。妻の妊娠を遅ればせながら祝い、挨拶がてらに寸志を届ける。それは極めて自然な理由だ。
　皆にはやし立てられるセタをよそに、コウは既にセタの自宅を訪ねる算段を計画し始めていた。既に潜入から四年も経っているため、これ以上命令実行までの時間をかける訳にはいかない。そういった焦りも僅かながらあった。そのためか、これがセタの弱点を見極める最初で最後のチャンスではないか、そういう気負いがあった。
　朝礼も終わり、普段のように騎士団としての業務へつく。この日の業務は、市外の巡回だった。最近野盗などの不届き者が出没するため、それについての警戒態勢強化という名目ではあったが、市外には元々専門の監視員が数名常駐している。そもそも野盗が組織的に動いて首都を襲撃する事自体が有り得ない。彼ら野盗の獲物は、大した警備のない移動中の荷馬車である。無法の彼らでも、騎士団が常駐する首都を襲撃する事が自殺行為であるぐらい知っているのだ。つまり、またいつもの大した中身のない仕事なのである。
　第十三騎士団がこういった仕事ばかりさせられる事には既に慣れている。コウは今更の不平不満など並べず、黙々と愚直に取り組むセタにならって無意味な巡回に取り組む。しかし、それでも退屈なものは退屈だった。やがてコウは、情報収集も兼ねてセタへ雑談を振り始めた。
「奥さんは、今は体調はどうなんですか？」
「少し食欲が落ちているようだ。夜もしょっちゅう目が覚めている」
「もしかして、あまり調子が良くないんですか？」
「つわりが酷かった時もこのくらいだった。いずれ落ち着いてくるらしい」
「日中は一人残して大丈夫でしょうか？」
「近所の知り合いが時折見に来てくれているから心配は無い。それに、こういうものは男は大して役に立たないものさ」
　会話からでは、セタの身辺には特段変わったことは起きている様子は無いように思う。セタの日常生活に特別懸念があるようではないが、騎士団の人間も警戒の対象としていればただの雑談でも無難な受け答えしかしないだろう。
　やはり実際に行ってみなければ分からない事がある。だがもしかしたら、警戒され断られるかも知れない。だからあらかじめ宣言するのではなく、突然訪問するべきだろう。