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 ロプトの件も考慮しつつ、今後どのようにセタの暗殺を実行すれば良いか。そんな事を考えながら、コウは今朝も総司課から本日の業務を受け取り詰め所へ向かっていた。その途中、詰め所近くの廊下でコウはセタの後ろ姿を見つけた。とりあえず普段通り挨拶をしよう。そんな事を思いながら近づくと、そこにはセタだけでなく騎士団の人間が三人、セタへ何か話し掛けていた。良く見るとその三人は、第十三騎士団ではない別の騎士団の人間だった。第十三騎士団は他の騎士団からは良く思われていない存在である。コウは彼らの前で声をかけるのをやめ、そっと物陰に隠れながら四人の会話が聞き取れる位置まで近づいた。
「ははっ、大した意図はありませんよ。何やら浮かぬ顔をされているようですから、気になったまで。それとも? 何か私に他意があるとでも?」
「いえ……お心遣い感謝いたします」
「まあセタ殿も、こうして栄えある聖騎士団の一員な訳ですから。我らは人民の心の拠り所となる存在、日頃より平静さを心がけなくてはねえ」
「申し訳ありません。本当に大した事ではありませんので」
 セタに話し掛けているのは、装飾についた紋章から第七騎士団所属の人間であることが分かった。第七騎士団は、中盤というその序列からかコウが見ても特に緊張感の薄い隊である。日頃からセタに突っかかって来るのも、大体がこの序列辺りの騎士達だ。しかも、他の騎士団と言えども騎士団長という上官相手に遠慮がなく、お世辞にも素行は褒められたものではない。
「いえ……はい。何分、卑しい出自です、今後共御鞭撻の程よろしくお願いします」
 他の隊の、それも単なる騎士相手に対してセタは、何を言われようとも否定をせず、ただひたすら低姿勢で応対する。上官に不遜な態度を取るなど、本来なら騎士団の風紀を乱す行為として処罰させられるだろう。だが、それは第十三騎士団、特にセタに対してだけはそうはならない。セタ自身が貴族の出自である彼らと無用な諍いを起こしたくないのと、仮にセタが声を上げた所でまともに取り合ってはくれないからだ。
 理不尽な言い掛かりにも丁寧に応対するセタの姿を、コウはじっと観察していた。初めはこんなセタの姿に酷く困惑した。セタはサンクトゥス国を実質的な戦勝に導いた英雄のはず、もっと国を挙げて功に報いているとばかり思っていた。しかし実際は、平民でありながら異例の騎士号こそ与えられてはいるものの、その扱いはほとんど使用人へのそれと大差が無い。セタが辛うじて今の職分についていられるのは、一般国民にはセタが非常に人気であるという背景があるためだ。そして逆に、国王や各地の領主に貴族達は、長年過酷な戦費負担を国民に強いてきたため、未だに強い不満を持たれている。国民に内乱を起こさせないためにも、人気のあるセタを表面上は厚遇しているように見せなければならないのだ。
 やがて三人は話に飽きたのか、いい加減な挨拶と共にどこかへ去ってしまった。セタは彼らの後ろ姿が見えなくなるまで律儀に見送る。そこでようやくコウはセタの元へ向かい声をかけた。
「お早うございます。朝から災難でしたね」
「いいさ。どうせいつもの事だ」
 そうセタはやや疲れを滲ませた笑みを浮かべる。実際、セタがこういった難癖をつけられるのは日常茶飯事である。直接的な手出しは流石に出来なくとも、遠回しにセタをなじるような事などしょっちゅうだ。そしてセタは一言も言い返したりせず、決まってじっとそれを受けている。
 これが戦勝の英雄にする扱いか。
 コウにとってセタは暗殺の標的であるが、個人的な感情を抱いてはいない。けれど、あまりに過ぎた騎士団のセタへの態度には驚きを通り越しもはや呆れてすらいる。平民が自分達と同じ職に付いている事がそれほど気に入らないのか、単に手頃な玩具を見つけたぐらいにしか思っていないのか。セタはともかく、こういった人間が率いる軍に祖国が戦いで負けたという事実に関しては怒りを覚える事があった。
「別にこっちは目立つような事なんてしないんだし、いい加減放っておいて欲しいですよね」
「声が大きいぞ。聞かれたらまた面倒な事になる」
「そうですけど、団長ももっと言い返したらどうですか? 第十三騎士団のみんなの意欲に関わりますよ」
「そうだな。けれど、団員皆の保身の方が俺には大事だ」
 何よりも保身。おそらくセタは本気でそう言っている。
 新王カラティンは、セタの英雄としてのネームバリューが欲しくて寝返らせようとしているのだろう。今のセタの実像を知ったのなら、わざわざロプトという工作員を送り込んでまで手に入れようとするはずがない。保身に走る英雄など、新進気鋭の人間が最も嫌われる存在だ。
 セタは気迫に欠けている訳ではない。むしろ人より強いくらいで、それが暗殺達成の大きな障害になっている。しかし、この強い気迫も保身には一切発揮されていない。どうしてセタは、絡まれても一喝するだけで退けられるような相手に言われるがままになっているのか。ずっとそれが疑問だったが、セタの妻の妊娠の事も踏まえ、何となく傾向が分かってきた。セタは自分を下げたり傷つく事にあまり忌避感が無いが、特に近しい者に累が及ぶ場合はあの気迫を発揮するのだ。それこそが正に、戦時中の最大要所と言われた拠点を奪取し守りきった、常人離れした気概の出処なのだ。
 ならばセタは、誰にも類が及ばないと判断すれば、さほど強くは無いのだろうか?
 一度検証をしてみたいと思いつつ、コウにはすぐ具体的な方法は思いつかなかった。