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 週が明け、コウは朝一で先週の活動報告書を総司課へ提出する。それから詰め所へ向かう道中、ふと今日からロプトとの休戦協定が切れる事を思い出した。今週の活動はコウが優先される。しかしロプトの言葉をどこまで信用できるかはまだ分からない。引き続きセタの隙を窺うのはもちろん、ロプトの出方もある程度は見張る必要が出て来る。そして来週のロプトの番の時の対策も講じる必要があるだろう。
 普段と同じ城内の様子ではあったが、コウはどこかしら落ち着かない心境だった。これまで四年も平然と潜入出来ていたのは、単純に自分の素性を知る人間がこの国には居ないという安心感からだ。そして戦争孤児という自分の素性をあえて探ろうという人間もほとんどいなかった。それほどこのサンクトゥス国では戦争孤児はありふれていたのだ。
 ロプトの存在は心理的な枷である。ロプトの存在が、いつ自分の素性が露見してしまうかと怯えさせ、行動を躊躇わせてしまうのだ。
 セタよりも先に、ロプトとの件をどうするか決めた方が良いかも知れない。僅かな動揺でも、それが致命的な失敗に繋がらないとも限らないのだ。
 そう気を引き締めていたコウだったが、丁度裏手口の近く裏手口を通りかかったときだった。そこでは、裏門を全開にして荷馬車が一台止まっていた。それは良く王宮にも出入りしている業者の物で、幌につけられた模様はコウも見覚えがあるものだ。
 もしもこの馬車が、王宮内を奇襲するため大勢の兵士を積み込んでいたとしたら。まず間違い無く門番達は、見慣れた馬車なら簡単に引き入れるだろうから、すぐに兵士達が城を占拠してしまうだろう。幾ら戦争が終わったからと言って、随分と不用心なものだ。そう呆れて見ていた時だった。
「おはよう。もう仕事?」
 突然横から声を掛けられ、コウは反射的に振り向く。するとそこには妙にニコニコしたロプトの姿があった。
「なっ……何だ? お前、何の用だ?」
「そんな慌てないで。一応人の目もあるんだからね?」
「わ、分かってる。それより、何だお前。今週はこっちの番のはずだぞ」
「知ってるよ。これは単に表向きの仕事。出入り業者までは休めないさ」
 ロプトは表向きの仕事として、この宮殿への出入り業者をしている。これは、単に納入ついでに若い騎士見習いに世話話をしているだけなのだろう。
「ところで、その封筒。もしかして、第十三騎士団の仕事とか書いてるやつ?」
「見せられないぞ。これこそ機密情報だ。第一、そんな事を知った所で何の意味もないだろう」
「そりゃあるよ。配置によっては、一対一で話せる機会かも知れないんだから。それこそ、君が自分の仕事を実行するのと同じさ。他人の邪魔が入らない。それよりもさ」
 ロプトが急に周囲を気にしこっそりと耳打ちしてくる。
「何で未だに実行してないんだい? 彼だって一人になる事くらいあるだろ?」
 事情を全く知らない人間の言葉。コウはいささかむきになって小声で言い返した。
「奴は強過ぎるんだよ。たとえ一人でも、並の騎士なんか束でかかったところで素手で片付けてしまうくらいにな。だから、一番油断する所をずっと探ってるんだ。それに最近は、家にいても警戒心を解いたりしない。お前のせいでもあるしな」
「なるほどねえ。いや、流石だ」
「楽に口説けると思うな。奴はこの国で誰よりも忠義深い。もう四年見てきたが、心変わりなんてまず有り得ない」
「その一方で、周囲の、主に貴族階級の人間達からは快く思われていない。彼は何を言われてもやり返そうとしないから、言うがままされるがままだ」
 ロプトの指摘があまりに自分の印象と酷似していたため、コウは思わず驚きの声を上げそうなった。
「もうそんなに調べてたのか?」
「まあ、ここだけの話なんだけどね」
 そう言って、再びロプトはこっそりと耳打ちする。
「第十三騎士団には、協力者がいるんだ」
 そのあまりに意外な言葉に、コウはぎょっとして目を見開いた。
「彼の境遇を心配している人も居るって事さ」
 元々第十三騎士団の人間は、セタという異物を受け入れている。だからこそ同情的だったりするのは普通の事だろう。けれどコウが最も驚いたのは、ロプトの素性を知っていながら協力する、つまりこの国への背信とも取れる行為をする人間が居た事実だ。幾らセタに同情しようとも、まさかベネディクトゥス国へ協力するとは。そこまでする人間は流石にいないと、コウはずっと思ってきた事なのだ。
「おっと、じゃあそろそろ失礼するよ。仕事があるからね」
 そう言ってロプトは馬車の方へ行ってしまった。
 まさか、こんな短期間でロプトはここまでセタへ近付いているなんて。その事実にコウは驚きとショックを受ける。
 暗殺に比べ、セタを寝返らせる事は遥かに困難である。先に事を成すのは自分の方だ。そうコウは思っていたが、もしかすると自分よりも先にロプトは事を終えてしまうかも知れない。そんな弱気な事をコウは思い浮かべてしまった。