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 第十三騎士団の中にロプトと通じている者がいる。コウはその事ばかりを昨夜から考え続けていた。ロプトがでまかせを言っている可能性も考えたが、セタについての事情にあまりに詳しく知っている上に自分よりも先にセタの自宅を調査しており、軽々にそうとは断言出来ないのだ。つまりロプトの言っている事は限りなく事実に近く、第十三騎士団内には内通者がいる事実を認めざるを得ないのだ。そして問題なのは、その内通者とはあくまでロプトの味方であり、ベネディクトゥス国側に寝返った訳ではないという事だ。もしもこちらの事情をロプトから聞いているのならば、内通者はむしろセタ暗殺を妨害する敵になってしまうのである。
 内通者を特定しなければ。
 朝の日課である業務をしながら、コウは内通者が誰なのかその目星をつける。しかし、第十三騎士団の人間は全員セタに対して恩義があり、ロプトの目的に対してまず間違いなく好意的な反応をするはずである。サンクトゥスにこのまましがみつくよりも、正当に評価してくれるベネディクトゥス国へ亡命した方が遥かに待遇が良い。団員達は皆、セタの理不尽な待遇を手をこまねいて見ている事にうんざりしているはずである。だから、セタの亡命に躊躇いが無い可能性が高いのだ。
 朝の詰め所で、コウは一人で皆が集まって来るのを待ちながら考え事にふけっていた。セタの暗殺には期限を切らずに進めてきたが、ここにきてロプトの存在により期限が決まってしまった。ロプトがセタの身柄をベネディクトゥス国へ送るよりも先に暗殺を果たさなければならない。ベネディクトゥスの国王が代替わりした以上、セタの暗殺は影響の及ばないこのサンクトゥス国下でしか不可能だろう。そして何よりも、ロプトがどれだけセタを調略したのか状況を知る事が何よりも焦らせる。セタはサンクトゥス国対して強い忠誠心を持っている。けれど、その忠誠心を揺らがせる要素は数え切れないほどある。セタの忠誠心がどこまで保つのか、それをどれだけ見極められるかが重要だ。
 一応、ロプトとは一週間ごとに交代で活動するという取り決めを結んでいる。しかしロプトが一旦セタに接触してしまえば、それ以上の目立った行動はそもそも必要がない。しかもロプトには既に内通者がいる。極端な話、ロプトは道を示すだけで良く、後は環境が勝手に誘導する。そういう状況なのだ。セタの外堀は最初から埋まっていると言っても過言ではない。こちらもリスクを覚悟で手駒を増やすぐらいしなければ、太刀打ちは出来ないだろう。
「そうか、外堀か」
 突然、コウの脳裏にある考えが閃き、思わず自分の手を打った。
 王宮内部と関係者を幾ら洗おうとした所で、簡単に内通者を見つける事は出来ないだろう。見つけたところで、一度セタの心が由来でしまえば離反は時間の問題となる。だから洗うべきは外堀、王宮の外である。
 コウは詰め所の壁に貼られている、近郊の地図を眺めた。ベネディクトゥスとサンクトゥスは、丁度一つの大陸の東西を分割して統治している位置関係にある。だが両国の国境線こそ長いものの、実際は天然の要害が非常に多く非正規での入出国は困難である。つまり自力での密入国や出国は自殺行為に近い。
 ロプトはセタをベネディクトゥス国へ連れて行こうとしている。その際、少なくとも妻マリーの同行は絶対条件となるだろう。だがマリーは妊娠後期であり、ストレスのかかる移動の仕方は避けようとするはずだ。体調を慮れば正規の手段ではない出国は難しく、正規に近いルートで出国するのはほぼ必須と言えるだろう。正規の入出国は審査が非常に厳正だ。ましてや出国先はベネディクトゥス国、あのセタの身内ともなれば尚更チェックは難しくなるだろう。にも関わらず、ロプトは既に行動を始めている。これはつまり、セタとマリーを安全に出国させる当てがあるという事だ。少なくともマリーを安全に移動させる手段が無ければ、セタは絶対に交渉には応じないだろう。
 こちらが抑えるべきは、ロプトと繋がっている入出国のコーディネーター、そういった事を専門に扱う人物だ。彼らが簡単に口を割るはずは無いだろうが、何かしらの手がかりは得られるはずである。セタが離反しマリーと共にベネディクトゥスへ渡る日時さえ分かれば良い。セタやロプトが目立つ行動が出来ないその瞬間を狙って暗殺を果たす。この時ならば、普段携帯出来ないような武器や手段を使うことも出来る。
 コーディネーターと接触するにしても、こちらも全く伝手が無い訳ではない。自分がベネディクトゥスからサンクトゥスへ密入国する際にも、そういった組織の世話になった。そこから辿ることが出来るはずなのだ。彼らに接触するにも時間が必要だが、幸い自分は正規の騎士ではなく見習いの身分である。時間の都合を付けるのは容易だ。