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 昨夜は思わぬ収穫を得られた。コウは意気揚々としながら朝を迎えた。
 もはや騎士団内から内通者を探す事は諦めた。だがその代わりに、それ以上の手掛かりを手に入れられたのだ。密入国のコーディネーターとの繋がりは相当に大きい。うまく付き合えば、セタに関する密入国の手配の情報が手に入るかも知れない。そうなれば、もはや国内でセタの隙を窺うような事は不要になってくる。密入国時の普段とは全く異なる特殊な状況、そこを狙えば幾らでも暗殺の機会はあるのだ。
 ロプトがセタを口説き落とすのが先か、こちらがセタをベネディクトゥス国へ渡す算段を聞き出すのが先か。一時は非常に不利な状況に思われたが、もはや五分まで戻したと言っても過言ではない。
 コウは毎朝の日課を済ませると、一人詰め所で皆が集まるのを待った。第十三騎士団の団員は集まる時間もばらばらで、いつ揃うのかは全くの不定である。それは統一感の無さかと思われたが、他の騎士団は出仕するかどうかすらあやふやで、第十三騎士団はむしろ真面目な方と言える。そこにはやはりセタの人徳も関係しているのだろうか。
「む、おはよう。相変わらず早いな」
 まず最初に現れた団員。名前はオービットと言い、年齢はセタよりも幾つか上で、元々は第十騎士団の団員だった。貴族には珍しく生来根が真面目過ぎるため、他の団員と勤務態度などで衝突を繰り返し、最終的には放り出されてここへ来たという経緯がある。彼は最も出仕が早い。仕事ぶりも真面目である。ただ自他共に厳しい性格のため、ここでもいささか煙たがられている。しかしセタは彼に対しても分け隔て無く接し、オービットもまたそんなセタに対して感謝の念を抱いている。セタへの敬意より聖騎士団への不満を持っているという意味では、彼は内通者の有力な候補の一人だ。
「おはようございます。見習いですから、誰よりも早く来ませんと」
「そうか。だが、近々良い話があると先日聞いているぞ」
「良い話?」
「今日にでも団長から何かしら話があるだろう。詳細はそれを待て」
 オービットはそう言うや否や、自席でいつものように読書を始めた。彼は寡黙な性格だがそのせいで取っ付き難い部分があり、こういった時は非常に話し掛けづらい。
 自分に良い話とはなんだろうか? コウは小首を傾げる。給金が上がるのかと思ったが、普段から贅沢をしている訳でも無ければ金に困っている訳でもない。賃上げ交渉もした覚えがない。
 他に何か良い話なんてあっただろうか。そんな事を考えている内に、他の団員が次々と出仕して来る。コウは片っ端から彼らに訊ねてみたが、いずれもその話ははぐらかされてしまった。逆に言えばこれは、皆がそれについて知っているという事である。いよいよ訳が分からない。コウはいよいよ困惑を深める。
「おはよう。全員揃っているか?」
 そして最後にセタがやってくる。同時に皆は緩い姿勢のままセタの方を向くと、そのまま朝礼の格好を取る。身分に違いがあるはずだが、やはりこの第十三騎士団の団員は、セタに対し一定の敬意をそれぞれが抱いている。
 セタはいつものように今日一日の与えられた業務について話をする。内容はいつもの通りあっても無くても構わないようなもので、中にはあまりに下らない仕事を揶揄するような軽口を叩く者さえいる。セタは苦笑いしながら窘めるが、これもまた普段通りのやり取りである。第十三騎士団へ任される仕事は、誰も必要とされないものばかり。これが共通認識である。
 そんな業務の説明が終わると、この日のセタは最後に別件の話をおもむろに切り出してきた。
「ところで、もう知っている者も居るだろうが、今朝内定が出たと通達があったため、この場で話しておく。コウ、ちょっと前に来てくれ」
 セタに呼ばれ、コウは事情を良く知らないまま皆の前へ立った。団員達は何か企んでいるかのような妙ににやついた顔をしている。おそらく例の良い話の件なのだろうが、ここまで露骨な反応をされるとむしろ訝しく思えてくる。
「今コウは見習いという形でここの仕事をして貰っているが、明日より正式に騎士待遇として迎える事になった。総司課からの許可も得ている」
「え……? 僕が、騎士に?」
「ああ、そうだ。辞令は今日中に出るだろう。もっとも、やって貰う仕事はこれまでとあまり代わり映えはしないだろうが。とにかく、おめでとう」
 そして団員達がセタに続き、拍手をしながら口々におめでとうと大合唱する。
 コウはこの状況に心底困惑する。何故今になって急にそんな話になったのか。コウにとっては事前にそれらしい予兆も無く、ただただ唐突にしか思えない展開だ。
「どうした? あまり嬉しそうじゃないが」
「い、いえ……あまりに突然の事で、ちょっと実感が無くて困惑しています」
 騎士待遇になる。本来ならそれは、喜ぶべき事なのだろう。突然そんな事になり困惑しているのは事実だが、それ以上に今後の自分の裏側、この国に来た本来の目的について支障が出て来る。待遇が見習いから騎士になれば、様々な義務が発生する。それは自由な時間が制限される事に他ならない。だがそんな話、たとえ口が裂けても皆の前で言えるはずが無い。