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 国家の批判と取られても構わない。
 誰よりも愛国心が強く忠義の塊のような男のセタ、そんな彼の口からこういった言葉を聞かされるなんて。そう驚くコウへ、セタは更に言葉を続けた。
「俺は、この国が良くなるためなら、自分の命だって喜んで捧げる。確かに先の戦争での徴兵は強制だったが、志願者を募ったとしても俺は自分の意思で応じただろう。その事に今も気持ちに変わりはない。今だって、誰もやりたがらない仕事でもそれは国にとって必要な事で、必ず誰かがやらなけらばならないんだ。だから第十三騎士団の仕事を無駄だとは思っていないんだ。俺は、国に忠義を尽くす場が戦場から街中へ変わっただけだと思ってる」
「それは……自分だって同じです。拾って貰った恩だけでずっと見習いをしていた訳じゃありませんから」
「そうだな。恩だけじゃないんだ。この国が好きだから、骨を折る事も厭わない。ただそれだけなんだ。けれど……」
「けれど?」
「この国は……俺や、他の人間にもそうだ。一部の限られた人間に気に入られなければ、当たり前の生活すら出来ない」
 その時コウは、セタの声が震えている事に気が付いた。
「前に君が、うちへお祝いを持ってきてくれただろう? あの時の事だが」
「不審者ですよね。随分前から家を見張ってるって」
 その不審者の正体はロプトである。彼はセタの人となりを知るため、そういった諜報も行っていたのだ。
「あれ、多分どこかの騎士団の手の者だと思う。俺を快く思っていない人間は未だに多いから」
「そんな……幾ら何でも、自宅までそんな事をしてどうするんですか」
「妻の事をずっと隠していたのもそのせいだ。どうにかして俺の事を追い払うなり痛めつけるなり、とにかく憂さ晴らしをしたいんだ。日頃から大した理由無くなじられるのも、お前は何度も見たはずだろう」
 騎士団でのセタは、これが戦勝の英雄で騎士団長に対する態度なのかと目を疑うような扱いを受けている。けれどセタは、今まで一切の反論反抗をして来なかった。その態度が逆に気に入らないと思う者もいるだろうが、まさかそれがエスカレートして家族にまで手出しする事を考えている輩もいるのだろうか?
「国とさ、たった一人の家族と、どっちかを選べって言われたら。例え話だけども、君ならどっちを取る?」
「それは……その、俺には家族の記憶が無いので、答えるのは難しいです」
「そうか。そう言えば、そうだったね。ごめん、変な事を訊いちゃったね。忘れてくれ」
 セタの震えた声、それは紛れもなく感情的になったからくるものだ。そして今の言葉はセタの本音の片鱗だろう。
 セタは揺れている。これは確かめるまでもなく、明らかな事実だ。セタは自分の置かれた状況や理不尽な仕打ちに対し、憤りとまではいかなくとも、国に対して嫌気が差している。そして、忠義を捨てるかどうか揺れているのだ。
 果たしてセタは、既にロプトと接触し話を聞いているのだろうか。聞いた事で揺れるのと、聞く前から揺れるのとではいささか状況は変わる。しかし、セタを取り巻く環境が変わらない以上は、どの道心変わりするのも時間の問題だろう。
 真意を確かめたい。こんな状況、おそらくはもう二度と無いだろう。ロプトという対立する存在が表れた以上は悠長な事をしてはいられない。
 そんな焦りが、普段慎重なはずのコウに大胆な質問をさせる。
「団長は……この国を見限るつもりなんでしょうか?」
 訊ねた後でコウは質問を後悔する。そんな露骨な質問、探りを入れていると自ら明かしているようなものだからだ。
「どうだろうね……正直、確かな事は何も言えないよ」
「そうですか……まあ、そうですよね」
 セタは否定をしない。コウの良く知るセタならば、間違い無く国への忠義を口にしただろう。それを濁させたのは、やはりロプトの甘言を受けているからなのだろうか。
 結局のところ、ロプトもセタの事を考えず、自分の任務、自分の都合しか考えていない。コウもそれは同じだが、このセタの言葉には少なからず胸を痛める気持ちがあった。コウはセタとは長い付き合いになる。任務のために近付いたが、多少なりとも情がわいている事を否定出来ない。セタの国を見限りそうな言葉に少なからず落胆の気持ちを持ったのは、本当に驚きだけだったのか。セタには、いつまでも愛国者のままであって欲しいという気持ちがあるのではないか。
「あの、差し出がましいようですけれど。自分は、団長本人が一番幸せだと思う選択をすべきだと思います。団長がどれだけ国に尽くして身を捧げてきたかは、この国で知らぬ者はいないはずです。団長が自分本位の選択をしたら、それを批難する人は居るだろうとは思います。でも、何もかもを捨てる必要は無いのではないでしょうか。団長だって、自分の幸せな事を選んだ所で別におかしな事じゃありませんから。だからその、うまくは言えませんけれど、あまり周囲に気を使い過ぎない方がいいと思います。今だって、そのせいであまりろくな扱いを受けていないんですから」
「そうなのかな……。今まであまり考えた事が無かったから、良く分からないよ。けれど、俺が自分の事を優先してもいいってのは、口に出されて言われると安心する。少しだけ、気が紛れたような気がするよ。ありがとう」
 そうセタは薄い笑みを浮かべながら礼を述べる。
 一体自分は何を言っているのか。自分の限られた時間を削るような、セタの離反への後押しをするような事を言うなんて。コウの脳裏にそんな咎めが過るものの、もう後悔は無かった。
 そしてコウは、はっきりと自覚する。
 自分は、セタという人間が好きなのだと。