BACK

 翌日、王宮内で騒ぎが始まったのは、丁度昼下がりに一時報告で仕事から戻った時の事だった。
 第十三騎士団の詰め所に向かっていたコウは、ふと王宮内がいつもと違って妙に落ち着きが無いように感じていた。何か事件が起こったのだろう、だが鼻つまみ者の第十三騎士団の出番はどうせ回っては来ないだろう。普段ならそう思ってさほど気に止めないのだが、今日ばかりはいささか事情が異なる。昨夜コウは、セタが殺したと思われる死体を街の外に運び出し、そのまま人工池の底へ沈めていたからだ。仮にも騎士団の人間が、それも貴族階級の人間が殺されたのである。こういう時の彼らは蜂の巣をつついたように過敏で、臆病な姿を見せる。同じ階層の人間の死は、彼らにとっては非常に身近で起こった事件と同等の受け取り方をするのだ。
 コウは何食わぬ顔で歩きながら、彼らの会話にそっと聞き耳を立てる。すると男の死体が見つかったという話は聞かないが、その代わりに非常に深刻な行方不明と捉えられているらしかった。大の大人がたった一日程度でと思ったが、殺された昨日の彼は友人と約束をしており、それを無断ですっぽかした挙げ句今朝もまだ姿を表していない事を不安視しているのだ。だがそれでも楽観視の人間も少なくなく、本格的にどうこうしようという雰囲気ではなかった。
 思っていたよりも早く騒ぎになった。コウは内心驚きと焦りを抱いていた。事の全てを有耶無耶には出来ないだろうが、行方不明から死体が見つかるまで時間が開けば開くほど証拠や証言が曖昧になり、事の真相へたどり着きづらくなる。それを期待していたのだが、早くもその目論見は危うくなってしまった。
 今後の立ち回りについても考えておかなければならない。そう思いながら、そそくさと詰め所へ向かっていた時だった。
「おい、そこのお前。第十三騎士団の人間だな?」
 コウは呼び止められると同時に肩を掴まれ、強引に振り向かされる。そして目の前では二人の男がこちらを威圧的に見下ろしていた。その内の一人は、セタを脅したあの男をしきりに止めようとしていた男だった。
「え、ええ。はい、そうですが」
「お前、トマスの事は知っているな? 昨日、どこかで見掛けなかったか? お前達第十三騎士団は、街の巡回ばかりしているだろう」
 トマスとはおそらく、あの男の事だ。セタに対して八つ当たりのような脅しをかけ、そして昨夜死体になった男だ。
「い、いえ……。昨日は内勤がほとんどでしたし」
「チッ、肝心な時に使えない連中だな」
「あの、何かあったのでしょうか? なんだか随分剣呑な雰囲気なように思うのですが」
「お前らお荷物には関係ない話だ」
 そう吐き捨て、二人はその場から立ち去っていった。
 トマスというあの男、その行方が分からない事を深刻に受け止めている者は既に居て行動を起こしているようだ。貴族と言ってもピンからキリまでいるが、財力や人脈に優れた者ならば相当数の人間を動かして捜索を始めるだろう。トマスの死体を見つけられるかどうかは半々だが、問題はセタの方である。およそ後ろ暗いであろう事をしてしまい、昨夜もどこまで正常に行動が出来たのか、他の誰かの印象には残るような目立つ行動をしていないかだ。もしも彼らの捜査線上にセタが挙がろうものなら、一帯どんな行動に出るのか分かったものではない。それこそセタは、この国には居られなくなるだろう。
 今の時間、セタは詰め所に居るだろうか。コウは再び詰め所へ向かい始めた。その足取りは当初よりも早く、一刻も早く辿り着こうという無意識のものだった。
 詰め所へ着くとそこにセタの姿は無く、内勤の人間が数人いるだけだった。セタに特に用事がある訳でもなく、コウはセタの行先を訊ねる事はせずにそのまま詰め所を後にする。
 状況は思っていたよりもずっと悪い。セタを探すべきだろう。探し出してどうするつもりなのか、コウはそれを考えてはいなかったが、感情が先に走ってしまっていた。セタは団長としての業務はあるものの、同じように巡回なども行う。それは今朝の業務確認で把握しているため、見つけ出すことはさほど苦ではない。
 セタの行き先を探しながら、ふとコウはある可能性ついて憶測する。
 この状況を一番好ましく思っているのは、間違い無くロプトである。セタがこの国へ留まる理由が完全に消え去れば、セタの決意も揺るがなくなるだろう。しかしロプトは、以前にセタから了承を取ったと言っていた。仮にそれが事実なら、こんな工作に意味は無いばかりかセタの不信感すら買いかねない。ロプトがそんな事に気付かないほど愚かには思えない。他にセタの立場を追い詰める理由のある者がいるのか、もしくはセタが本当に殺意を持って人間を殺めたか、だ。セタはこの国を離れる間際に、これまで恨みを抱いていた人間達を殺していくつもりではないのか。あのセタがそんな悪行をするとはとても思えないが、それが最も納得の行く答えのように思えてならなかった。
 セタに会い、昨夜の事の詳細を確かめたい。だがそれには、セタへ自らの本当の身分を打ち明けなければならないだろう。そうなるとセタはどういった反応し、どんな気持ちを抱くのか。