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 それは突然起こった。
 カラティン王からの使者を待っていた二人だったが、それは一向に現れず、不安ばかりを募らせていた。やがてコウが疑いの言葉を口にしそうになったその時、台所に接した裏口のドアが繰り返し叩かれた。
「来たようだね。でも何だろう……」
 セタは立ち上がり台所の方へ向かう。その表情は訝しがっていた。コウもまた同じだった。使者が来たことを知らせるにしては随分とノックの仕方に余裕がなく、むしろ焦りのようなものを感じたからだ。
 コウはセタに付いて行きながら、念のため右手に短剣を隠し持つ。場合よっては、最悪の事態にもなりかねないからだ。
「誰でしょうか?」
「私です。火急の事態のため、急ぎ不躾で申し訳ありません」
「その声……分かりました、今開けます」
 使者の声を確認したセタは、すぐに裏口の鍵を開け彼を中へ招き入れた。使者は素早い動作で中に入ると、すぐに扉を閉めてしまった。灯りが乏しいため男の姿は良く見えなかったが、そこそこ年を重ねた者のようだった。しかしその仕草は、やけに落ち着きや余裕が無い。何か嫌な予感がする。そうコウは眉をひそめた。
「まず今の状況なのですが……ん? こちらの方は?」
「私の部下、腹心です。共に連れて行きたいのですが」
「でしたら構いません。カラティン王もお許しになるでしょう。それより急いで下さい。もはや今夜が本当に正念場です」
「一体何が?」
「あなたに対しての逮捕状が、明日に出されます。恐らく早朝には、騎士団直々にあなたの身柄を確保しに来ます。既にその準備が始まっていました」
「私に……逮捕状? 容疑は?」
「殺人及び死体遺棄。トマスという騎士が行方不明になっていたのは御存知でしょうが、その遺体が今日の夜に突然と見つかりました。遺体と共に凶器も見つかり、そこからあなたが浮上したのです」
 コウは思わず奥歯を強く噛んだ。トマスの遺体を隠したのは自分だが、絶対に見つからない保証もない。にも関わらず、凶器まで遺体と一緒にしたのは明らかな失策である。
「そしてもう一つ。これはまだ速報ですが、第十三騎士団の人間が先ほど殺害されました。名前はオービット。あなたなら御存知のはずです」
「えっ……? 彼が、殺された? どうして、一体誰に?」
「それもあなたという事になっています。そもそもトマスの件と重なってしまいましたから、同一犯だと決めてかかっているのでしょう」
 オービットの事は無論コウも知っている。彼は夜番でなければ、毎朝一番に詰め所へやってくる無口な男だ。物静かで真面目過ぎるが、人に好かれるタイプではないものの、幾ら何でも殺される程では無い。一体何故彼が殺されなければならないのか。
 コウはロプトの事を思い出す。彼はセタを追い詰めるために、この国での居場所を奪おうとしている。それを単なる箔付けと言っているが、同僚まで殺めるのは明らかに逆効果だ。トマスの殺害も、遺体の隠し場所を知っているのも、両方ロプトである。まさかロプトは、遺体の場所を密告した上でオービットを殺害したのだろうか? セタの居場所を徹底的に奪うために。
 状況が混迷して来る。だがまずは、真っ先に確認すべき事がある。ロプトは自分をカラティン王の使者と言っていたが、潜入は一人で仲間は居ない。彼が言っている事がどこまで事実なのか分からないのだ。
「待って下さい。その前に、あなたは本当にカラティン王の使者ですか?」
 するとセタが驚いた様子ですかさずコウを制した。
「コウ? 何を急に言い出すんだ。彼は間違いなく、本物の使者だ。カラティン王の封蝋のされた手紙と、王章の入った短剣も戴いている。それから彼が全ての事情を説明し、今日までの段取りを決めて下さったのだ。何故そんなことを疑う? 何か理由でもあるのか?」
「自分は、実は団長を懐柔するために送り込まれたという工作員を知っています。名前はロプト。私との目的は異なり対立するため、お互い干渉し合わないようにと協定を結んでいました。この男は明らかにロプトとは違う、別人です」
 すると使者を称する男は、小首を傾げながら指摘する。
「妙な話だな。君の目的とやらは知らないが、何故工作員が目的の対立する者と共生しようとするのだ? 普通は排除し自分の目的を最優先するものだぞ」
 その指摘を受け、コウは息を飲んだ。確かに、懐柔派のロプトにとって、コウを生かしておく理由など初めから存在しない。ロプトが殺人への禁忌が無いのは既に明らかだが、ならば尚更生かしておく理由が無い。確実性を取って殺すのが普通の考えだ。
 では何故ロプトはコウをそのままにしたのか。理由は簡単である。その方が都合が良いからだ。何故都合が良いのか。それはつまり、ロプトの目的そのものが……。
 そしてコウは、ある結論に辿り着き、それを無意識の内に言葉はにした。
「そうか、もしかするとロプトはセタを寝返らせに来たのではなく、本当はカラティン王の派閥へ加えられないような傷物にするために……!」