BACK

「や、やめ……」
 ジョンはレアの首を左手で鷲掴みにし、自分の目線よりも高く持ち上げている。レアは苦悶の表情を浮かべながら哀願の声を必死で絞り出す。それを見るジョンの目は恐ろしいほど冷たく乾いていた。
 レアは既にジョンの剣によってほとんどの魂を食い千切られていた。ヘンリックは魔女の魂というものを認識する事は出来ないが、レアの魂が残り少ない事は明らかだった。それは、ジョンに括られているレアの手足が食い千切られたまま一向に再生をしていないからだ。
「魔女は殺す。このまま黙って死ね」
 右手の黒い剣が爆発的に膨張し、レアの体をまるまる飲み込まんばかりの巨大な口を開ける。この剣によりレアは魂ごと何度も体を食い千切られたのだ。
 ばっくり口を開けた剣が、まさにレアの体を飲み込もうとする。しかし、その時だった。ヘンリックは命乞いをするレアの口元が一瞬ほくそ笑むのを見た。
「ジョン! まだやる気だぞ!」
 咄嗟に叫ぶヘンリック。だがそれとほぼ同時に雷光がヘンリックの視界を塞いだ。ヘンリックが腕で顔をかばうのとほぼ同時に、再び耳をつんざくような轟音が空から落ちる。それは、レアからジョンへの最後の攻撃だった。ヘンリックはすぐさまジョンの安否を確認しようとする。
「つまらないな」
 ジョンは依然レアを持ち上げたまま、変わらずそこに立っていた。代わりに右手の剣は、その口が空を仰いでいる。そしてジョンの体には、今度は雷に打たれたような痕跡が見当たらなかった。
「そ、そんな……。お前、私の雷すらも食ったのか……!?」
「不思議な事じゃないだろう。お前らの魔力は、魂に由来するものだ。魂を食うのと対して変わらない」
 ジョンが平然としている理由。それは、レアの雷を剣で食べてしまったからだ。
 魔女の魂を食えるのだから、魂に由来する魔力を食べられるのは道理である。それはヘンリックにも理解が出来た。しかし、なら最初の雷を受けた時は何故平気だったのか―――。
「人間じゃない……お前、そんな事が人間に出来るはず無いよォ!」
「それが遺言か。魔女はどいつもこいつも言う事が同じだな。そんなに人間に殺される事が受け入れられないか」
 そう淡々とした口調で言い終わった直後。ジョンは左手でレアの体を宙に放り上げ、剣がレアの体へばくりと噛み付き食い千切る。残った僅かな破片がばらばらと落ちてきた。その肉片には既に無限の再生力など無く、ぴくりとも動かない。
「終わった、か……」
 ヘンリックは無意識の内に安堵の溜め息をついていた。そしてそれに気が付くと同時に、強い後悔の念に駆られてしまう。今回の魔女に自分は、まるで手助けが出来なかった。それどころか、ジョンに守られてしまう始末である。ジョンが目的を果たすまでサポートしようと誓ったはずなのに、これではただ足を引っ張っただけでしかない。
 自分には、人間以上の力は無い。だが、人間の力で少しでも魔女に対抗し得る方法はないのだろうか。どんな些細なものでも構わない。何か魔女に通じる力が欲しい。けれどそれが存在しないのだから、人間は永らく魔女の横暴さを野放しにせざるを得なかったのだ。
 とにかく、今回の討伐は無事に終了した。後は一度鴉の宿り木亭に戻って、次の討伐の予定を立てよう。そんな事を考え始めた時だった。
「ぐっ……!」
 ジョンはぶるぶると肩を震わせなが、その場にがっくり膝をつく。
 また、あの変調が始まったのか。
 しかしヘンリックは苦しげなジョンの様子とは逆に、いたって悠長な様子で優しげな声でジョンの肩に手を置きながら語りかけた。
「俺は先に行って待ってる。終わったらゆっくり来てくれ」
「ああ……あまり時間は取らせない」
 その返答を聞くなり、ヘンリックは踵を返しあっさりとその場を後にしてしまった。定期的に起こるジョンの変調、ヘンリックはその原因について詳しく知っている訳ではなかったが、それが少なくとも致命的でジョンの命を奪う類ではない事だけは知っている。そして素っ気ない態度を取るのは、それがジョンにとって最も気楽な反応だからだ。
 雷に打たれても平然としていたジョン。今日以外にもヘンリックは、ジョンが普通の人間なら確実に死ぬであろう状況に遭った事を何度か見てきている。いずれもジョンは命を落とす事は無かった。全くの無傷、もしくは怪我を負っても瞬く間に治ってしまった。普通の人間ではあり得ない事である。
 ヘンリックはこれまでの経緯よりも前に、漠然とだがジョンの身に起こっている異変について気付いていた。ヘンリックが冒険者になってジョンと再会する以前、最も古いジョンの記憶はまだヘンリック自身が物心つくかどうかの頃だ。そしてその頃のジョンと今のジョンは、顔付きを除いてほとんど容姿が変わっていないのだ。