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 夕刻にいつもの仕事から戻って来るジョンを待ち構えていたのは、近所に住む三人の子供達だった。
「ジョン、遊ぼう! 今日は仕事終わったんでしょ?」
「そうだよ、遊ぼうよ! 約束したじゃない!」
「分かった、分かったって。先にこっち片付けてからね」
 羊達を小屋へ入れながらジョンは、子供達に囲まれ袖を引っ張られる。ジョンは困ったような笑顔を見せながら、なんとか子供達をなだめつつ仕事の片付けをする。そんな主人を見かねたのか、ジョンにせがむ子供達に向かってアリスが飛び掛かってじゃれつく。すると子供達の興味はアリスの方へ移り、途端に飛び跳ねまわって遊び始めた。
 この村は子供が特別少ないという訳ではないが、ジョンは大人の中でも特別子供達に好かれていた。ジョンが頼めば断れない性格だと分かっているからなのだろう、こうして遊び相手として求められるのは日常茶飯事である。
 ジョンは片付けを済ませエルシャに一声かけた後、子供達を連れて近くの空き地へと向かった。子供達の遊びは非常に他愛のないもので、ジョン自身も同じくらいの年の頃に経験したものばかりである。けれどあの頃とは違い、遊ぶ時には気を使わなければならなかった。大人と子供なら当然大人の方が有利に立ち回れるため、勝ち過ぎないよう時には自然に負ける事もしてやらなければならないのだ。大半の大人はそれを面倒と感じ子供と遊ぶ事は断るのだが、ジョンはいつも付き合ってやっていた。それはジョン自身の優しい人柄に拠る部分が大きい。
「さ、そろそろ帰る時間だよ。日がもう沈み始めてきた」
 一頻り遊んだ所で、ジョンは西の空を指差しながら子供達に帰宅を促す。だが、当然子供達はまだ遊び足りないため次々に不満を口にする。
「やだ! まだ遊びたい!」
「もう少しくらい、いいじゃない! 日は沈みそうなだけで、まだ暗くなってないもん!」
「沈み始めたらすぐに暗くなるよ。それに、お父さんやお母さんに心配かけちゃ駄目だろう? 遊びの続きはまた明日にね」
 駄々をこねる子供達に、ジョンはまた押され気味になりながらもしきりに帰宅を促す。だが、ジョンが理路整然と説明した所で子供達が素直に聞き入れるはずもなかった。
 どうやって帰そうか困り果てていると、そこに数名の大人達がぞろぞろとやってきた。
「おーい、もうご飯の時間だぞー!」
「そうよー。早く帰ってらっしやい」
 それは子供達の親だった。彼らはジョンが子供達と遊んでいる事を知っているのである。
 親達が迎えに来たことで、子供達は露骨に意気消沈し始めた。ジョンは駄々をこねれば譲歩を引き出せるが、自分の親からはそれは絶対に不可能だと分かっているからだ。
「ああ、ジョン。いつもすまないね、うちのバカ息子がさ」
「いえ、そんな。大したことはしていませんから」
「何だよ、親父。もう少しくらい、いいだろ」
「ヘンリック! お前もいつもいつもジョンに迷惑ばかりかけて、少しは遠慮せんか!」
 子供達の一人が父親から頭にげんこつを貰い、涙目になりながら頭を抱える。
「いえ、そんな。僕は大したことはしてませんから」
 そんな談笑を少し交わし、やがて一同は別れそれぞれの家へと帰っていった。
「お帰りなさい。夕食の準備ができていますよ」
 エルシャは帰って来たジョンをいつものように和やかに出迎える。エルシャもまたジョンに似た気質で、いつも和やかに振舞っている。表情も穏やかで別け隔てなく親切なのはジョンにそっくりだと、村でも評判だった。生い立ちや境遇が似ているからなのだろうと、特に根拠もなく言われている。
 夕食を終え、就寝までの短い談笑の時間。ジョンは酒を飲まないため、夜は主にエルシャが栽培しているお茶を飲んだ。家事の片手間程度に家の裏庭で栽培しているハーブなどを素人なりに煎って混ぜ合わせたものだが、ジョンはいつもこれを好んで飲んでいる。
 その晩もジョンは食後にエルシャのお茶を飲んでいた。エルシャは台所で片付けをし、それが終わればジョンと一緒にお茶を飲みながら談笑をする。そして話題が尽きた頃に就寝する、その繰り返しがジョンにとっての日常だった。日中は勤勉に働き、夜はお茶と談笑を楽しむ。決して裕福ではないが、ジョンにとってそれが何よりも幸福だった。そして更に新しい家族が間もなく誕生する。それは更なる幸せの積み重なりだ。ジョンにとって今が最も幸せな人生で、この先もずっとそれが続くものだと信じてやまない。極めて欲の無いジョンだったが、欲らしい欲と言えば、ただ今の平凡な生活が続くこと、ただそれだけである。ジョンはそれ以外を本心から望んでいなかった。