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 早朝。全ての準備を整え、ヘンリックは自室を後にする。また今日からジョンと共に魔女を狩りに行くのだ。既に何度も繰り返してきている事だが、魔女という存在を強く意識する出立の時は未だ慣れないものがある。怒りと恐怖がない交ぜになる感覚は、どうしても均せないのだ。
 廊下に出ると、既にあちこちに冒険者達の姿があった。いずれもこれから思い思いの場所へ探索なりをしに向かうのだろう。希望に満ちていたり、あるいは緊張で強ばっていたり、それぞれが千差万別の思いを胸に秘めている事が分かる。
 混み合う廊下をかいくぐるように進んでいくと、ふと誰かの会話が耳に入り思わず足を止めた。これほど人がひしめいていれば、会話の一つや二つなど何処からでも当たり前に聞こえてくる。それでもヘンリックが足を止めてしまったのは、彼らが魔女喰いの話をしている事と、興味本位とは違う真剣だが感情的な口調だったからだ。
「まあ、確かにそう思うけどさ……少しは声を抑えろよ」
「分かってる。でも、このまま放っておいちゃまずいだろ。何か起こってからじゃ遅過ぎるって」
「んなこと言ったって、どうやってみんなに伝えるんだ? まさか、あの魔女喰いは狂ってるからこから追い出せって愚直に言うのか?」
 魔女喰いは狂ってる。
 ヘンリックにその言葉は深く突き刺さった。やはりここでも、ジョンをそう見る者は居るのだと、込み上げてくる悔しさに奥歯を噛む。
「それに、はっきりそうと決まった訳じゃないだろ。まだ騒ぐには軽率過ぎるって。あの魔女を殺して回るなんて、そりゃ俺らには理解出来ない強さだろうけどさ」
「いくら強くたって、あそこまで執拗に狩り回るのはまともじゃない。あいつがここに来てから、何処に行ってるのか知ってるか? まともな人間なら、辿り着くだけでも生きるか死ぬかのような難所ばかりだぞ。そんな所ばかり好き好んで行くかと思えば、お宝なんざ日銭程度にしか拾ってきやしねえ。どう考えてもまともじゃねえよ。魔女を殺す事にしか興味が無えんだよ」
 憶測で言っているだけの言い掛かりだったが、ヘンリックはそれを否定は出来なかった。ヘンリック自身は口にした事はないが、少なからず同じ事を思っていたからだ。
 けれど、ヘンリックにとってそれはさしたる問題ではない。大事なのは、優しいエルシャを殺し優しいジョンを狂わせた魔女達は、決して許すことは出来ないという事。人から後ろ指さされようとも、ジョンと一緒に戦う一番の理由である。
「冒険者なんざ、どの道社会から爪弾きの変人ばかりさ。けど、魔女を殺せるような力まで持ってるのに頭イカれてたら、相当ヤバいんじゃないのか? 俺らと気の合う奴ならいいが、あの魔女喰いとまともに人付き合い出来てる奴はどれだけいるんだ?」
「ま、まあ、何考えてんだか分かんねーのに、力だけは強いってのは確かに良くないけどよ。でも、大丈夫だって。ちゃんと宿には金払ってるし、酒飲んで暴れたりもしないだろ? そういう良識あるなら平気だって。むしろ、そんな良識すらない冒険者だっているんだから」
「そうは言っても、俺は不安で仕方ねーよ……」
 内容の真偽はさておき、ジョンの評判はここでもあまり良い物ではないらしい。思い返せば、これまで拠点にしてきた宿はどこでもジョンは気味悪がられた。一方的に追い出された事も一度や二度ではない。ここでは、今の所遠巻きに気味悪がられるだけで済んでいる。このままジョンの評判が悪化しなければいいのだが、本人が自分の評判をまるで気にしない以上はどうにもならない事だろう。
 もっとみんなにジョンの事を理解して貰いたい。けれど、ヘンリック自身がそもそも今のジョンの事を人に語れるほど理解していないのだ。ジョンは辛い過去により魔女を憎んで復讐している。それ以外の事は、ジョンの力の事も体の変調の事も、ヘンリックはほとんど知らないのだ。
「そういや、魔女喰いの相棒いるよな。あいつもやっぱりおかしいのか?」
「俺は世話話程度になら話した事があるぜ。まあ、何の変わりもないありきたりな冒険者ってとこだな」
「でも、あの魔女喰いと同じ所にいつも行ってんだろ? その時点でもうまともじゃねえよ」
 二人の話題がこちらにまで及んで来た。ヘンリックは下手に関わらないようにしようと、顔を下げながらその場を後にする。
 本当ならここでこそ、この二人ときっちり向き合い誤解を解くため説明するべきなのかも知れない。しかし、ヘンリックにそれは出来なかった。単純な度胸の問題もある。だがそれ以上に、自分達に全く後ろ暗い事は無いのかと訊ねられれば、決してそんな事は無いからだ。
 思考を今回の魔女の事に向けよう。
 ヘンリックは強制的に意識を魔女の事へ向ける。今回の魔女も曰くつきの場所に棲み着き厄介な魔力を持つ難物である。うまく対処しなければ、ジョンの足を引っ張りかねない。
 そんな事を考えていると、自然と落ち着きを取り戻していくのを自覚した。魔女狩りの時が人目を気にせず最も落ち着いていられる。こんな事でしか落ち着きを得られないなんて、随分異様な生活になってしまった。そうヘンリックは半ば自虐的に思った。