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 かつてこの大陸に、今の我々が古代文明と呼んでいたものが隆盛を誇っていた頃、その場所は東西南北の交通の要所として一際大きく繁栄していた。政治的な意味合いは無く、ただただあらゆる商売だけが盛んに行われ、当時は此処で取引出来ない物は存在しなかったと言う。そして、常にそれらは潤沢に流通していたため、いつしか無尽街と呼ばれるようになった
 ジョンとヘンリックは、小高い山の上から今回の目的地である無尽街を見下ろしていた。ようやくたどり着いたその場所は話に聞いていた以上に巨大な廃墟が広がっていて、かつて如何に栄華を誇っていた街なのかを実感させる光景だった。これだけ巨大な文明の跡地は、おそらく此処を置いて他には無いだろう。
「ようやく着いたけれど、随分と大きな廃墟だな。魔女を探すのは、少し手間になりそうだ」
「どうせ、此処まで来ていれば向こうも気付いてるはずだ。適当に進んでれば、あっちからけしかけて来る。魔女なんて、所詮はみんな考える事が同じだ」
 無尽街の実物には少なからず興奮していたヘンリックだったが、ジョンはそれとは反対に至極冷め切った口調で言い捨てた。ジョンは魔女を殺す事以外に興味を持っていない。過去の偉大な文明跡地でもそれは同じなのだろう。
「む……」
 ふとジョンは、腰に携えていた黒い剣を右手で押さえた。
「どうかした?」
「気のせいか、此処に近付くに連れて、どうもアリスの様子がおかしい。時折震える」
 ジョンがアリスと呼ぶその黒い剣は、まるで自分の意志を持っているかのように、これまで何人もの魔女を喰い殺して来た。実態は謎に包まれてヘンリックも知らないが、普通の刀鍛冶が作れるような代物ではない事は確かだ。
「大丈夫か? 今回の魔女はかなり強い相手だって言うし、一旦引き返して万全を期するのも良いと思うけど」
「いや、大丈夫だ。もう収まった。本当に拙いのなら、この位では済まないだろうからな」
 拙いとか拙くないとか、剣自身が体調不良でも訴えてくるのだろうか? それとも、この無尽街にとてつもない魔女が潜んでいるという警告なのか。どちらも馬鹿馬鹿しい話ではあるが、この出所不明な剣に限って言えばあながち有り得なくもないのが難しい所だ。
 この無尽街をテリトリーとしているのは、飽食の魔女ハンナという魔女だ。宿で集めた話によれば、美味い物に対して常に貪欲で、この世のありとあらゆる物を食べた魔女なのだそうだ。その結果、おそらくこの大陸では最も強い魔力を持つにまで至ったと言う。そして今は食べる物を非常に厳選しているらしく、特に何かに対して干渉してくる事もない。そういった前情報を踏まえ、これまでどんな魔女相手にもジョンは苦戦する事は無かったが、今回ばかりはそうとは限らないかも知れない、そうヘンリックは警戒をしていた。無敵と思われていた魔女を殺す事が出来るように、魔女すらも殺す剣が通用しない敵が居ないとも限らないのだ。
 二人は早速山を下り無尽街へと足を踏み入れる。遠目からも廃墟にしては綺麗な街並みだと思っていたが、いざこうして足を踏み入れて間近で見てみると、廃墟と言うにはあまりに綺麗な建物ばかりが並んでいた。そして建物だけでなく、道に敷き詰められた石畳や通りの一画を占めるオブジェも、古代文明とは思えないほど傷みが少ないように見える。おそらく、経年劣化を極端にし難い材質が使われているのだろう。今の時代ですら作り出す事の出来ない代物だ。この破片だけを持ち帰ってもかなりの値が付くだろう。
 ジョンとヘンリックは、片っ端から気になるような場所を見て回りながら、少しずつ街の中心へと向かっていった。敢えて目立たない行動はしていないのだが、魔女からの接触は未だに無い。見付ける事も見付けられる事も、魔女にとっては些事にしか過ぎないのだろうか。まんまと逃げおおせているように思えるのは、罠のある場所へ誘い込む魔女の策略なのだろうか。
「何も起こらないな。また魔女のヤツ、俺達なんて気にも留めてないのか?」
「それはそれで構わない。が、向こうに見付けられないのは、些か面倒にはなりそうだな」
「確かに、魔女の罠なんてこっちは情報も無いから対策のしようが無いしな」
「そうじゃない。向こうから仕掛けて来なければ、それだけ殺すのに時間がかかるという事だ」
 魔女の出方が分からないのはあまり良い状況ではない。この大陸の魔女達には、既にジョンの存在は知られている。もしも膨大な魔力を持つと言われている飽食の魔女がジョンを警戒しているとしたら、ここにどのような罠が待ち構えているか分からない。幾らジョンでも魔女の本気の攻撃を何度も受けては無事で済まないだろう。更には今日のジョンには謎の不調もある。相変わらず魔女を殺す事しか考えていないジョンは承知しないだろうが、状況次第では途中で引き返すことも視野に入れるべきだろう。
「飽食の魔女は相当強いって話だぞ。少しはこっちも警戒した方がいい」
「必要ない。どうせいつものように、すぐ喰い殺す」
 美食を求めて何でも食べてきた魔女。それに対し、魔女すらも喰い殺す剣を持つジョン。偶然にも良く似た力を持つ者同士が相見えるのだが、だからこそ明確に優劣が付きそうで、それがヘンリックを不安にさせた。