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 薬売りに支えられながら、ようやく辿り着いた故郷の村。その日はジョンの良く知るそれと全く雰囲気が異なっていた。
 まだ日は高く、普段ならみんな仕事に精を出しているはず。にもかかわらず、村には全く人の姿が無いのだ。
 どういう事だ。一体何が起こった?
 困惑しながらもジョンは、ただひたすら自分の家を目指す。しかし、そこで見たのは予想もしなかった光景だった。
「な……そんな」
 ジョンの家があるべき場所にあったのは、真っ黒に焼け焦げた木材の散乱する様だった。それを一言で言うならば焼け跡である。ジョンの家は燃え尽きた後だったのだ。
「え……おい、まさかジョンなのか!?」
 焼け跡を前に愕然としているジョンに、誰かが驚きに満ちた声をかける。それはジョンも良く知る顔、この村の長だった。
「良かった、生きていたんだな! 殺生岳に行くなど言うものだから、私はてっきり死んだのだと思っていたぞ!」
「すみません、これは一体どういう事なのですか? エルシャは今どうしているんです?」
 すると村長は、申し訳無さそうな表情を浮かべ、やや視線をうつむけた。
「エルシャは死んだよ。一昨日の朝の事だ」
「エルシャが……死んだ?」
「ああ……。聞かせたくは無かったが、酷い最後だった。エルシャは意識は朦朧としながらも、酷く苦しんでいたよ。魔女の呪いとは、本当に恐ろしいものだ……」
「それじゃあみんなの姿が見えないのは……」
「みんな喪に服してる。今日は家から一歩も出ないだろう」
 エルシャは死んでしまった。ジョンはその言葉を何度も反芻し呆然と立ち尽くした。
 この状況を認めたくない気持ち、エルシャの今際の際に間に合わなかった無念、そしてそれが一人の魔女の遊びで引き起こされた事実。いずれもジョンにとっては受け入れ難いものだった。もっと前向きに気持ちを切り替えるべきだと、理性の部分では分かっている。だが、それ以外の部分はぴくりとも動こうとしなかった。
「ジョン、家を勝手に焼いたのは私の指示だ。それに、エルシャの墓はみんなとは同じ墓地には置けない。お前がよく羊を放している草原の近くに埋葬したよ」
「どうして……?」
「分かってくれ……みんな魔女が怖いんだよ。とばっちりを受けるのが怖いんだ。家は私が責任を持って建て直させる。だから、どうにかここは堪えてくれ……」
 とばっちり。その言葉はジョンにとって殴られるよりもショックで痛かった。まるでエルシャが病気か厄介者のような扱いではないか。そんな事を村人達がしたなんて、俄には受け入れられなかった。
「そうですか……御迷惑を、おかけしました……」
 ジョンは村長に一礼すると、そのままふらふらと覚束ない足取りで歩き始める。その足取りはあまりに脆く、薬売りが支えていなければすぐに倒れてしまいそうだった。
「ああ、そうだ。村長、アリスはどうしました?」
「お前が飼っていた犬か? あれもエルシャと一緒に埋葬したよ。エルシャから片時も離れず、本当に忠義者の犬だったよ。けど、そのせいなんだろうね。エルシャと同じように死んだ。それでみんな、魔女のとばっちりを恐れるようになったんだ」
 ジョンは自分でも返答の言葉になっていたかどうか分からないほど気のない声を吐き、村長に一礼しその場から去って行った。
 アリスもいなくなった。薄々気付いてはいた事だが、やはりそれもジョンにはショックな死である。ジョンの心を更に追い詰めていく。
 ジョンはふらふらといつも羊を放しに来る草原までやってきた。その片隅には、村長の言った通り、真新しい石の墓が建っていた。石碑には改めて言うまでもなく、エルシャの名前が刻まれていた。
 ジョンは墓の前に腰を下ろし、力無くがっくりとうなだれる。そして、体の中身全てを捨ててしまうような、深く重い溜息を吐いた。
「俺は……そんなに多くの事は求めていないつもりだったんだ。エルシャと、貧しくとも仲良く暮らせる生活。そして新しく産まれて来るはずだった子供も一緒に。子供はやがて独立して自分の家庭を築き、俺はエルシャと年老いていって……。ただそれだけが望みだったんだ。それなのに……!」
 ジョンは震えながら拳で地面を強く叩く。
「魔女は言った! エルシャを呪ったのはたまたまだって! こんなのただの遊びだと! だから理由なんか無いって! エルシャと子供の命を奪ったのは、何か必要に迫られての事じゃない、本当にどうでもいい、ただの遊びなんだ!」
 ぎりぎりとジョンが奥歯を噛み締める音が聞こえる。
「魔女……! あの魔女! 殺してやりたい……!」
 それは、生来善良な男の、恐らく初めて口にする怒りと怨嗟の言葉だ。
 全身を震わせ、大粒の涙をぼろぼろこぼし、己の無力さに打ちひしがれるジョン。その強い意志は周囲の空気さえ震わせているかのようだった。
「ジョン……可哀想なジョン」
 薬売りはそっとジョンを後ろから抱き締める。
「ジョン、今の言葉に嘘はありませんか?」
「ああ……あの魔女! 殺せるなら殺してやりたい!」
 すると、薬売りは無言で頷き、ジョンの耳元へ囁きかけた。
「私は、あなたに三つ、伝えたい事があります」
「……三つ?」
「私は、魔女を殺す力を持っています」
 その唐突な言葉に、ジョンの目が驚きで大きく見開かれる。
 薬売りの言葉は続く。
「私は、あなたの力になる事を望んでいます」
 そして、
「私は、魔女です」