BACK

 所詮は土の塊を縒り固めただけにしか過ぎない。ヘンリックは、自らに向かって襲いかかるゴーレムの群れを前に、緊張でいささか手を震わせながら自分へそう言い聞かせる。
 まるで人間のような躍動感で腕を振り上げ、ヘンリックに目掛けて殴りかかるゴーレム。ヘンリックは冷静にその攻撃をかわすと、すれ違い様にゴーレムの腹を横一文字に薙ぎ払った。ヘンリックの剣は、驚くほど抵抗が無くゴーレムの体を両断してしまった。
 ゴーレムは倒せる。問題は数だ。
 ゴーレムの群れと自分の戦力を計算し、再度剣を構えるヘンリック。だがその直後、何者かに両足を捕まえられた。
「くそっ、何だ!?」
 見ると、今斬り捨てたと思っていたゴーレムの上半身が、ヘンリックの両足をしかと掴んで押さえ込んでいた。
「ヘンリック、ゴーレムの弱点は額。真理の文字を消して」
「分かってる!」
 アリスのアドバイスに吐き捨てるように答え、ヘンリックはゴーレムの額を剣先で削り取った。するとゴーレムはあっさりと瓦解し、元のただの土塊へと戻る。
 更に襲い掛かって来るゴーレムの群れ。だが機動力自体はヘンリックの方が遥かに上であり、囲まれる事にだけ気を付けながら次々とゴーレムの額だけを狙っては削り落としていった。ヘンリックは、戦いながら今回の魔女の攻撃は非常に楽だという印象を受ける。確かにゴーレムの使役など遥か昔に喪失した魔術の一種であり、それを実際に扱える者などこの世には存在しない。だが、他の魔女はもっと規格外で災害のような規模の魔術を使ってのけた。それと同じものを使わない漆黒の魔女マルタは、手加減をしているのか、それとも単純にそこまでの力が無いのかどちらかだ。
「こいつら眷属もどきは、こっちで全部引き受ける! 魔女は任せていいな!?」
「ええ。それが私の目的でもありますから」
 ヘンリックが声を掛けたアリスは、ゆっくりと目の前の一際強大なゴーレムに向かって進んでいく。その光景はまるで、建物の影に入ろうとする人間のようだとヘンリックは思った。それほどにマルタが直接使役するゴーレムは巨大なのだ。けれど、どうしてもこれまでの魔女とは見劣りがしてしまう。
「魔女同士で戦っても意味はない。不死身同士、決着はいつまでもつかない」
「そう思い上がるから、他の魔女達はみんな簡単に死んでいきました」
 これまでのジョンとの戦績をそれ以上は誇らず、アリスは無表情のまま静かに手のひらをゴーレムへと向ける。直後、まるで音の壁のような見えない衝撃が四方八方へと走っていった。マルタのゴーレムを攻撃したのか。そう思い確認すると、マルタのゴーレムには丁度胸のあたりに大きなへこみが出来ていた。
「何、それ? 人間でもそれくらいは出来る」
 マルタはゴーレムの頭の上からアリスを見下ろしながら平然とした様子で評する。するとマルタのゴーレムに出来ていたへこみは、内側から押し上げるように蠢き、瞬く間に修復されてしまった。
「あなた、本当に魔女?」
「ええ。同族すらも喰らう、出来損ないの魔女です」
 その時だった。不意にアリスの放つ雰囲気が黒いもやのような形となって見え始め、辺りを包む圧迫感が異常なほど張り詰める。
 ヘンリックは魔女のように魔女の力を感じ取る事は出来ない。にもかかわらず、今のヘンリックはアリスの力の奔流を感じ取る事が出来た。そう、それは良く似た感覚をいつも感じているからだ。
 その変化は一瞬だった。
 アリスの放つ力の奔流が一瞬止まったかと錯覚するや否や、アリスの上半身が急激に膨張し黒く濁る。それはまさに、ジョンが奮う黒い剣の本性と同じものだ。
「そう……あなた、ハンナの―――」
 マルタがそこまで言いかけた瞬間、アリスの両顎が伸び、目の前の空間を斜めに撫でるように喰む。するとそこにあったあらゆるものが一瞬で消え失せてしまった。マルタのゴーレムは、首から下、腰から上が、忽然と消え失せてしまう。アリスに喰われたからだというのは理解出来るが、これほどの大質量が何処に消えたのかまでは理解出来なかった。
「あなた、飢えているのね。それも、決して満たされない飢え」
 崩れかけたゴーレムを再構築しながら、マルタはアリスに向かってそう話し掛ける。
 だが、アリスは答えない。アリスは再び顎を膨れ上がらせ大きく開くと、再びマルタに目掛けて食らいついた。
 今度はゴーレムの胸から上が消し飛んだ。そして同時に、ゴーレムの頭の上にいたマルタの半身も消え失せる。
「痛い……魂まで喰い千切られた。これなら、魔女でも死んでしまう」
 頭部を失い崩れ落ちるゴーレム。それと同時に、マルタの残る半身もふらつきながらゆっくりと落ちていった。
 ヘンリックに襲い掛かるゴーレム達は、突然動きを止め、そして崩れ落ちる。マルタの魔力が及ばなくなった。そうヘンリックは解釈する。
 地面に落ちたマルタ、それをアリスは異形の姿のままでじっと見下ろす。ただ巨大な顎があるだけの姿に視覚があるかどうかも分からないが、何かしら意図するものがあってしているような仕草に見えた。
「あなたは満たされる事は無い。何を口にしても」
「満たされている魔女などいません」
 アリスは異形の両顎を大きく広げる。そして、マルタの残った部分を地面ごと飲み込んでしまった。