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 ベステーに到着したのは、昼食時の事だった。レンガと石畳ばかりが続く街並みは、オルランドが想像していたよりもずっと都会的な印象だった。しかし、ここもまた古く手入れの行き届いていない部分が多く、やはり以前は景気の良い時代があったが今はそうでもない、という事なのだろう。
「ね? 辺鄙な田舎町だろ?」
「でも歴史的な伝統が根付いている感じがしますよ。情緒があっていいんじゃないですか」
「ハハッ、アンタはお世辞も上品だねえ」
 古い街並みを眺めながら、モイラの馬車でそのまま彼女の宿屋へ向かう。そこは大通り沿いの利便性の高い立地で、荷馬車もそのまま敷地内に停める所のある、かなり広い宿だった。二階建てなのは、横に広げる余地があるから上に広げる理由が無いためだろう。そういった土地の事情は故郷とは異なるとオルランドは思った。
 モイラの案内で宿へ入り、宿帳への記入を済ませた後で二階の部屋へ通される。建物自体が年季が入っているが、寝具は綺麗になっている辺り手入れはきちんと行っているようだった。部屋も広く窓からも日が良く入ってくるため、実にくつろぎやすいと思った。
「荷物置いたら下に来なよ。昼食がまだだろ?」
「ええ、すぐ行きます。お腹もぺこぺこで」
 オルランドは上着を掛け、まずは鞄から手帳を取り出し港からここまでの経緯を簡単に記入する。魔王とは直接関わりはないのだが、どういった地域性なのかを残しておく事も後々重要になってくると考えているからだ。
 記入が済むなり、部屋を出て一階へ降りる。一階には宿泊客用の食堂があり、そこでは既に何人か宿泊客らしき人達が昼食を取っていた。見た所観光客というよりは、何か運送関係の仕事をしている労働者のようだった。おそらく、港と近隣地域とで荷物を運ぶ仕事をしているのだろう。
 オルランドは彼らに一礼だけし、空いている席へ座った。その間、何となく彼らに見られているような気がした。おそらく見慣れない宿泊客だと思われているのだろう。この宿の利用者は顔見知りばかりで、ほぼ観光客などいないのかも知れない。
「ああ、来てたね。さ、うちの名物料理だ。沢山食べてっておくれよ」
 食堂の奥から現れたモイラは、お盆からテーブルへ料理を並べていく。特に目を引いたのが、大ぶりで底の深い皿に盛られたシチューだった。正肉の形が分かるほど大胆に入れられたそれは鶏肉のようだった。
「これね、ベステーの地鶏でさ。味もいいし柔らかくて評判なのさ。ちょっと大き過ぎるように見えるけど、スプーンで簡単に崩れるから大丈夫さ」
「凄いボリュームですね。香りも良いし。じゃあ早速いただきます」
「もっと欲しかったら遠慮無く言ってね。アタシは奥に居るからさ」
 モイラは戻って来るや次の仕事をしているのだろう。忙しそうに奥の方へ戻っていった。空腹のオルランドは早速シチューへスプーンをつける。大ぶりな鶏肉はモイラの言った通り簡単にスプーンで崩す事が出来た。その肉とスープを一緒に口にする。鶏肉は普通のものよりやや癖のある風味だったが、スープに使われているハーブのおかげか絶妙に嫌みな感じが消された。むしろ旨味に感じる程である。オルランドは空腹に突き動かされ、夢中になってシチューを始めとする料理を食べていった。長い船旅の疲れが抜けていく、そんな心地良さすら感じる郷土料理である。食事が終わったらこの事も手記に残しておこう。そんな事を思った。
 やがて料理を食べきる頃に、再び奥からモイラが現れた。
「はい、食後のお茶。料理はどうだい? 足りたかい?」
「ええ、とても美味しかったですよ。でも量はちょっと多かったですね。少しお腹が苦しくなりました」
「満足してくれたなら嬉しいね。まあ、今日はゆっくり休みなよ」
「ええ、そうさせて貰います」
 オルランドはゆっくりとお茶を飲んで食休みをしてから食堂を出る。途中通りかかったロビーには近隣案内のチラシが置かれており一枚手に取った。苦しい腹を抱えて部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。料理は美味かったが、この腹では今日はとても取材に出掛ける事は出来ない。オルランドは自分が食事に夢中になってがっついた事に内心苦笑いする。別段急ぐ旅でもないが、旅先であまり後先考えない行動は控えなければ。そう自らに戒める。
 今日の所は下調べだけにしよう。そう思いながら、ロビーで取ってきたチラシを目にする。案内と言っても簡易的な近隣の道と建物の絵があるばかりで、町に住んでいなければ分からないのではと思えるようなようなものである。しかしその中で意図的に目立つように描かれているのが、ヒュペリヌス税務官邸宅跡と記された場所だ。かつてこの地域唯一の税務官として権勢をふるった人物で、ここがオルランドが目当てにしていた所である。
 このヒュペリヌス税務官の邸宅は、かつて魔王の襲撃を受けて焼き払われている。その際に彼の一族は全て魔王に殺されたらしく、未だその焼け跡だけが誰の手もつかぬまま残っているため、邸宅跡と記載されているのだ。それほど惨たらしい出来事があったのだが、このベステーは魔王の侵攻を受けた訳ではない。魔王は、不可解な事に、わざわざこのヒュペリヌス税務官の邸宅だけを狙って襲撃したそうなのだ。