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 オルランドが目を覚ましたのは、メルクシスの病院内の個室だった。港の火事からの記憶が無く、自分が何故ここにいるのか経緯が分からないため困惑したオルランド。やがて駆け付けた両親より、今までの経緯が話された。
 まず造船所を襲ったのは、人類軍と戦っている魔王だった。魔物を引き連れる姿を多くの人間が目撃しており、それは確定的な事実だった。造船所は魔王に対抗するため軍艦を建造していたため、それを狙っての事と見られた。魔王は建造中の軍艦だけでなく、造船所自体を形も残らないほどに焼き尽くしたという。二度と軍艦など作らせないという明確な意思表示に思われる有り様だったそうだ。そしてオルランドはその焼け跡から発見され、その後に病院へ運び込まれたのだった。
 オルランドは奇跡的にも傷一つ無く、それから程なくして退院することとなった。皆は無事で何よりと喜んだが、オルランドには幼心に疑問に感じる事があった。あの日踏み込んだ燃え盛る工場の中、そこで自分は確かに怪我を負ったはずだった。爆発に吹き飛ばされ、体を強かに打ち、擦り傷や火傷をあちこちに負ったのは間違い無いのだ。けれど実際は、掠り傷一つ無い姿で見つかっている。医者ではなくとも、あれだけの怪我が簡単に治るはずがないことぐらい分かる。つまりあの時、自分の身には何か普通ではないことが起こったのだ。
 あの時、工場にいた少年。あれが今、人類と敵対している魔王だったのだろうか。けれど彼の印象は、オルランドにとって恐怖の欠片も無く、むしろ優しさや安心感に満ちた者に思えた。自分が助かったのは魔王のおかげだったのか。そう思うのと同時に、また別の疑問がオルランドには芽生える。それは、あの時に工場へ駆け付けていた叔父は、魔王の手にかかり命を落としているからだ。逃げ遅れていた作業員の一人がその光景を目にしたのだから、それは間違いない。年端もいかない少年に叔父は、胸を光のようなもので差し抜かれて絶命したのだ。
 魔王は自分を助けてくれた一方で、叔父に自ら手を下して命を奪っている。この違いは何なのだろうか。単に子供は殺さない主義という事であれば、作業員に一人の死傷者も出ていないのは不自然である。叔父を殺さなければならない明確な理由があったのだろうか。そして、あの優しかった叔父を、あんな穏やかな雰囲気を醸す少年が死に追いやったとは、とても信じる事が出来なかった。まるで魔王と呼ばれる者が二人いるのではないか、そんなことさえ思えた。
 この一件から間もなく、人類軍が魔王を下したという報が世界中に轟く。魔王は勇者マックスに討ち取られたのだ。それから今日までオルランドは、ずっと自分が生かされ叔父が殺された理由を考え続けてきた。叔父は造船業の重鎮だから、これ以上人類軍の戦力を増強させないために殺された。そして自分や従業員は、直接的な脅威ではないから見逃された。だがそれでは、世間の魔王の評価と結びつかなくなる。魔王は悪逆非道で、人類の全てを憎み、人類とその営みに関わるもの全てを滅ぼし尽くす。そしてその言葉通りに攻め落とされた市街や国は決して少なくない。
 魔王に対する世間の評価と自分の印象はことごとく違う。そもそも魔王とはどのような素性なのか。いつどこから現れ、何が行動の目的だったのか。いつしかオルランドの生まれ持った強い好奇心は、家業よりも魔王の正体へ向けられていった。
 やがて青年に成長したオルランドは、遂には魔王への好奇心を押さえる事が出来ず、真相を求めて旅へと出掛ける。あまりに突拍子もない理由と目的に親族は呆れるが、基本的にオルランドに対する甘い姿勢は変わっておらず、若い内に旅をして見聞を広める事は事業にも大切だ、などと理由を付けて承諾してしまう。
 こうしてオルランドは、一年以上に渡り世界中のあちこちを放浪して回っている。しかし魔王についての情報は、未だ真相が明らかになるほど集まってはいない。それどころか、一つの新たな情報に対して、新たな謎が幾つも付随して来る有り様だ。
 これまでの旅で分かったのは、魔王は殺す人間や破壊する対象を選別しているという事だ。選別の基準は不明だが、少なくとも兵士ではない者や戦争と繋がりのない者は何れも免れている。戦略的な選別とも考えられるが、人類軍が結成される以前はまた別の行動指標があったようにも思われる節があるがほとんど推測の域を出ていない。
 要するに、魔王についてオルランドはほとんど何も分からない状況である。一年以上もかけてこの成果では、既に魔王討伐から十年以上も経過している事も踏まえて、もはや真相を明らかにするのは難しいのかも知れない。それでもオルランドは、取材の旅を止めようとはしなかった。それは未だにオルランドの好奇心が強く燃えているからである。