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 極東の大国ペルケシス。世界でも有数の軍事力、特に保有する船や戦艦の数は随一を誇っている。世界で最も有名な軍需企業はオルランドの実家であるが、第二位の取引量を誇るアグマーン商会の本社があるのがペルケシスの首都グアラタルである。オルランドはグアラタルへの直行便によりペルケシス国へ来ていた。家業の関係上、アグマーン商会の事はよく知ってはいたものの、実際にペルケシスへ入国したのは今回が初めてだった。
 港からグアラタルの街中へ出ると、そこは話に聞いた通り、石畳とレンガの建物が立ち並ぶ非常に栄えた街並みだった。そこかしこを行き交う人々や馬車、船の利用者をターゲットにした小売店の数々に多種多様な外装の宿屋、いずれも創意工夫を凝らすあまり文化的な統一感に欠けた印象がある。けれど、それだけの数が港周辺だけでもひしめいている様は圧巻としか言いようがない。かつて経済都市アトノスを訪れた時も、高層の家屋や忙しなく行き交う馬車の数に困惑したが、グアラタルはその比ではなかった。何より驚くのは、行き交う人々というのが企業人然とした者ばかりではないことだ。経済活動のために人が集まるのは理解出来るが、ここは単純に都市人口が多いのだ。もしかすると故郷のメルクシスよりも多いのかも知れない。
 オルランドはひとまず都市部へ移動しながら情報を集める事にした。今回ペルケシスへやってきた目的は、このグアラタルが人類対魔王の戦争において魔王を討ち取った勇者マックスの出身地だからである。魔王を討ち取るという功績を残しながらも、何故かマックスについて伝えられる情報は不自然なほど少ない。それは、各国が共謀して一個人に大き過ぎる戦果を挙げさせないようにしたからと想像していた。しかし、魔王についてもアルテミジア正教のような意図的な隠蔽が分かった以上、勇気側についても何かしら思惑が隠されているのではないか、そう考えたのだった。
 都市部に入り、なるべく移動のしやすい大通り沿いに宿を取る。そしてオルランドはまず、宿屋に置かれている観光ガイドやチラシを集めて確認する事にした。勇者に関係する何かがあれば、そこから取材を掘り下げていくためである。しかし、本当に後ろ暗い思惑があったのであれば、マックスについての情報も簡単には手に入らないのではないか。そんな不安があった。しかし、
「勇者マックスの生家……?」
 オルランドはチラシに書かれていたその文字に、驚き困惑する。更に良く見てみれば、マックスの通ったという学校や剣術道場など、あからさまに観光スポットとして紹介がされている。メルクシスに居た頃はほとんど勇者マックスについての情報など入って来なかったのだが。このペルケシス国では特に隠し立ても何もしていないのだろうか。
 少し悩んではみたものの、結局のところは自分で確かめなければ進展はしない。オルランドはチラシに従い、まずはマックスの生家を訪ねる事にする。
 宿を出て、都内を循環する馬車を幾つか乗り継ぎ、程なく目的のマックスの生家へと到着する。そこはごく一般的な集合住宅の一室で、特に観光用に改修されている訳でもなかった。そして、通り沿いには一体何を目的にしているのか分からない観光客が溢れているにも関わらず、こうして紹介までされている勇者の生家には全く観光客の姿が無かった。本当にここが勇者マックスの生家なのか、あまりに普通過ぎるのではないか、そんな事を思いながら部屋のドアをノックしてみる。
「はい……?」
 中から現れたのは、眠そうな顔をした青年だった。無理に起こされたためか、やや不機嫌そうな顔でオルランドの方を睨む。
「こちらが勇者マックスの生家と伺ったのですが……」
「ああ、あれ? まだあの観光のチラシあるのか。違うよ、ここは。あれは前にここにあった建物の話」
「前にあった?」
「そう。ここね、何年か前に大掛かりな区画整理があって、一度建物全部取り壊してるの。だからその時の奴だよ、そのガイド。ったく、最近は無くなったと思ってたんだがなあ。本当いい迷惑だよ。まあ、そういう事だから。夜勤明けで眠いから、もういいでしょ?」
 青年は不機嫌そうに一方的に話を打ち切ると、中へ引っ込みドアを閉めてしまった。
 まさか勇者の生家が区画整理で取り壊されているなんて。思いも寄らなかった事実に、オルランドはしばし自分が何か勘違いをしているのではないかと考え込んでしまった。
 政策なら仕方ないにしても、あまりに無関心過ぎやしないだろうか。仮にも魔王を討ち取った英雄に対して何の興味も持っていないという印象すらある。世界中を震え上がらせた魔王は誰でも知っているし、それを討ち取った勇者マックスの事も同じはずである。全く知らないという素振りではないが、この無関心ぶりは一体何故なのだろうか。グアラタルでは、勇者の名前などこの程度の価値なのだろうか。それとも、各国が勇者マックスについての風聞を広まらないように規制したから、無関心な人間ばかりになってしまったのだろうか。
 とにかく、勇者の生家は外れであるため、これ以上ここに居る意味はない。気持ちを切り替えたオルランドは、今度は勇者マックスが通っていたという剣術道場へ向かう事にした。