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 首都グアラタルは、極東第一国の首都である。日が落ちてからも人々の活気は衰えず、昼夜を問わず街が動き続けている。ホテルを出て通りを歩きながらオルランドは、あちこちに灯ったガス灯の明るさに故郷のメルクシスを思い出していた。家を出て一年以上もこんな自己満足の取材の旅を続けている。未だに魔王の真相には辿り着けてはおらず、成果は挙がってはいるものの少しずつペースは落ちている。もはや今が限界まで煮詰まった状態なのではないか、そうとすら思えてくる。そう落ち込み始めた自分の気分転換のため、オルランドは気晴らしの店を探していた。グアラタルなら、極東中の美味い料理や酒が集まる。たまにはそういった美食に耽るのも良いのかも知れないだろう。そんな思いから当てもなく通りを歩いていった。
 煌びやかな大通りをしばらく歩いた後、ふと一軒の料理屋に目が止まった。グアラタルには港が隣接しているが、そこで水揚げした海産物を専門に扱っているとの触れ込みが、入り口脇の立て札に書かれている。普段は肉料理を食べる事が多いから、今夜は魚が良いだろう。そう思ってオルランドは店の中に入る。
 店内は外観よりもずっと奥行きのある広い店だった。客もかなりの数が入っていて、明らかに流行っている事が分かる。これは当たりの店だ、そうオルランドは胸を躍らせた。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
 声を掛けて来た店員に案内され、奥の一人用の席へと向かう。店内は内装に魚や海をイメージした物が飾られ、それが何とも食欲をそそるような気がして、オルランドは子供のように落ち着き無く周囲を見回りながら歩いていた。
 その時だった。
「うわっ!?」
 オルランドは通りかかった近くのテーブル席の足にぶつかり、その場に転倒してしまった。そしてその拍子に持っていた鞄が開いてしまい、書きためていた取材記録を床にぶちまけてしまう。
「お客様! 大丈夫ですか!?」
 慌てて店員が駆け寄り、オルランドと荷物を気遣う。
「いえ、ちょっと余所見をしてしまって。大丈夫です。そちらの方も、本当に申し訳ありませんでした」
 オルランドはばつの悪そうに微苦笑し、店員と躓いた席に座っていた男性客に謝る。
「こちらは平気ですよ。さあ、私も手伝いましょう」
 男性客は親切に散らばった取材記録を拾い上げてくれる。三人で集めたため、そこそこの数があった取材記録もすぐに鞄へ戻すことが出来た。気晴らしに出掛けるには邪魔になる荷物ではあったが、これらの記録を肌身離さず持ち歩いていなければ安心出来ないのである。そのため、こういった時は反省よりも安堵感の方が強かった。
 その後席についたオルランドは、地酒とお勧め料理を幾つか注文し一息つく。先程の転倒はみっともない事この上無く、早く料理と酒で気分を良くしようと考えていた。同じような失敗を前にもしたことがあったが、あれはまだ子供の時分である。子供がするような事を良い歳をしてするのは本当に恥ずかしい事である。
 やがて運ばれてきた料理と地酒を、オルランドはゆっくりと味わい舌鼓を打った。大通りに構えている大衆的な店だが、流行っているのは単に立地だけが理由ではないのだろう。この味なら誰もが定期的に通いたくなる。この国を離れる前に、もう一度だけ来る事にしよう。そんな事をオルランドは思った。
 二杯目の酒を飲み始めた頃だった。ほろ酔いで気分も心地良くほぐれたオルランドの元に、ふと一人の男が近付いて来た。それはオルランドが躓いて転倒した席の男性客だった。
「あっ……先程は申し訳ありませんでした」
「いえいえ。あの不躾ではありますが、ここ座っても良いですか? あなたと少し話をしてみたくて」
 男はそう言ってオルランドの向かいの椅子を指差す。
「え、ええ。どうぞ、構いませんが」
 男は礼を述べながら遠慮無く席へ着く。オルランドはすぐさまこの状況について考えを巡らせ始めた。まさか先程の事で収まりがつかないから、何かいちゃもんをつけに来たのではないだろうか。もしくは詫びということで金品をせびりに来たのか。どちらにしても、オルランドにとって有り難くない事態である。ここは店員に助けを呼んで店を出るべきだろうか。
「あ、そう警戒なさらないで下さい。別にあの事とは無関係ですから。申し遅れました、私はクライド。フリーで記者をしている者です」
「自分はオルランドといいます。今は、親の金で旅をしている感じでして。それで、話とは何でしょうか?」
「あなたの鞄のレポートですか、あの時に少し目を通させて貰いました。もしかして、あなたは魔王や勇者マックスの事について調べているのですか?」
「調べると言っても、本当に素人の真似事みたいなものですけれど。取材ということで世界中あちこち回っています」
「それは凄い! 実は私も同じ事をしているんです。魔王とその関連の取材ですよ」
「えっ、あなたもなんですか!?」
 まさか自分以外にこんな酔狂な事をしている人がいるなんて。オルランドは驚きを隠せなかった。
「いやあ、本当に嬉しいなあ。どうです? せっかくですから、お互いの情報交換をしてみませんか?」