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 オルランドの実家は、都心からやや離れた郊外の一画にあった。元々オルランドの先祖はこの近辺の大地主で、土地の貸付で財産を築いていった。その経緯から、実家屋敷の周囲一帯は全て私有地であり、正門から屋敷に辿り着くだけでも馬車が無ければならない有り様だった。そのため事業に追われる事の多い家族や親族達はあまり屋敷に帰る事がなく、それぞれ都心での仕事に便利な場所へ家を借りたり、ホテルに長期滞在する事が多い。そういった家庭環境だったため、オルランドは幼い頃から家族との繋がりが一般的より希薄だった。
「はあ……憂鬱だなあ。何だってこんな時にみんな揃うんだよ。仕事は忙しくないの? 俺なんかに構ってる場合じゃないでしょ」
「御存知の通り、魔王のもたらした戦禍はクヴァラトグループに多大な損失をもたらしました。ですが、一族の皆様が総出で事業再建に奔走し、今日の安定した経営状態を実現されたのです。若も皆様の苦労を良く御理解し、その上で嫡子に相応しい振る舞いをされませんとな」
「もうそれは何度も聞いたよ。要するに休みを取る余裕が出て来たってことでしょ。そうじゃなくて、俺が言ってるのは単に旅先から帰ってきただけで大袈裟すぎないかって話だよ。わざわざこんな朝早くから親族が集まる必要なんてないのに」
「そうですな。僭越ながら私めは、このような会合などは若の就任式か御結婚の時とばかり思っておりました」
「……ホント、愚痴っぽくなったね」
「余命を考えねばならない歳ですから。若の一人前になった姿を見ずして死にとうありません」
 繰り返されるモーリスの説教じみた愚痴に辟易しながら、オルランドの乗る馬車は屋敷の敷地内へと入った。長い石畳をひた走り、遠く小さかった屋敷がどんどんと近付いて来る。その外観に予想していたよりも懐かしさと感慨深さが込み上げて来た。窮屈な実家を抜け出し自由な取材の旅に出た当初、躍るような解放感と、当分実家には近寄りたくもないという心境があった。けれどいざこうして帰ってきてみると、自分は案外心の何処かでは実家を懐かしがっていたのかと思えてくる。
「さ、着きましたぞ。まずは皆様に御挨拶をしなくては」
「一応だけど、まだ取材が終わった訳じゃないし、場合によってはすぐ出るかも知れないんだけれど」
「存じております。その際はまたご自分で皆様を説得なさればよろしいでしょう。私は、あくまで旦那様の御意向に従うまでですので」
 モーリスも済し崩しに帰った事にさせようという腹積もりなのだろう。やはり魔王の取材などただの道楽としか理解されていないのだ。
「ま、それはそれで、その時に。それよりも、さっき言った事。早めによろしくね」
「勿論ですとも。若が心置きなく家業に専念して頂けるのであれば、幾らでも老体に鞭打ちましょう」
「……まあ、ホントよろしくね」
 モーリスは指示された事については忠実に従う。その点の心配はないのだが、その後の展開がいささか不安である。それを以て問答無用に取材を終わりにさせようと企んでいるに違いない。モーリスの言う若のためとは、結局のところは一族のためということなのだ。
 きちんと目的を達成するまでは終わりになどしてたまるか。そう強く決意を胸に秘めつつ、オルランドは馬車から降りた。
「うわ……」
 そして、目の前の光景に思わず眉間に皺を寄せ声を漏らした。家族や親族が揃っている事は聞いていたが、よりによって屋敷の玄関前に彼らがずらりと並んで出迎えていたからである。
「おおっ! やっと戻ってきたか息子よ!」
 まずだらしない笑顔で歩み寄ってきたのはオルランドの父親だった。仕事では冷徹を絵に描いたような男だと評判らしいが、オルランドはこの緩んだ表情でいる方が昔から印象が強い。仕事での顔と息子に見せる顔が全く異なるのだろう。
「あ、ああ、ご無沙汰です。ちょっとこっちへ寄る用事があったので、せっかくだからと」
「うむ、随分と精悍な顔付きになった。長旅で疲れているだろう、さあ中へ入って。湯を沸かしているから、風呂に入って着替えて来なさい。それから朝食にしよう」
 父はオルランドの肩を抱いたまま強引に屋敷の中へ促して来る。父も同様に取材の旅は終わった事にして、済し崩しに帰らせようという魂胆なのだろう。
 そして周囲から突き刺さるような視線が自分に集められるのが分かった。この一年以上に渡って放浪した事が、親族達には親不孝な道楽としか思われていないからだろう。モーリスと同じく、嫡子としての自覚とそれに伴った振る舞いを要求されている。そんな心持ちが嫌でも伝わってくる。
 やはり、ここでの裏取りは後回しにするべきだったか。そう痛感するオルランドは、苦笑いすら浮かべることが困難になってきた。