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 昼下がりの都心を抜け、雑居ビルの建ち並ぶ路地街へと入る。メルクシスは世界でも有数の大都市であり、その繁華街エリアもまた煌びやかである種の退廃的な雰囲気を醸し出している。そこから更に裏手の路地は、あまり日が当たらず田舎ともまた違った古く胡散臭さを残した風景が広がっている。
 オルランドはそんな路地街を、目的の店を探しながら歩いていた。生まれも育ちもメルクシスではあるが、オルランドはこういった場所に足を踏み入れるのは初めてである。しかし、世界中を巡って来たせいか、さほどの物怖じはしなかった。メルクシスにもこういう場所があるのか。ただ、それだけの印象である。
 不規則な時間の仕事か、はたまた夜勤明けなのか。まだ昼下がりだというのに、至るところに酒の入った老若男女の姿が見受けられた。世間一般で言う真っ当な仕事ではないのだろうと考えつつ、仕事の多様化の進んだ時代にそぐわない考えであるのと、そもそも働いてもいない自分が言える立場ではないことに苦笑いする。昼間から酒を飲むのは良くない事とは、教育係のモーリスの教えである。自分にも、あの頑固で昔気質の考えが知らず知らずに染み着いているのだろう。
 やがてオルランドは目的の店である一軒の居酒屋に入った。まず中へ入ると、人の熱気と共に酒の臭いが一気に噴き出して来て、それだけ頭がくらくらとしそうになった。店の内装も年期の入ったもので、壁のひびや天井の染みが長い年月を感じさせる。店内にいるのは、いずれも肉体労働者という風貌で、十人ばかりが顔見知りのように和気あいあいと酒を酌み交わしている。荷下ろしの夜勤は無いが、日の出からのシフトはある。おそらくその辺りの勤務を終えた者達だろう。
 とりあえず、常連なら店主も知っているだろう。そう思い、オルランドは小さなカウンター席に座った。
「いらっしゃい。何にする?」
「実はちょっと人捜しをしてるんだけど」
「人捜し? うちは常連くらいしか来ないよ」
「バートラムって男なんだけど、知らないかな? よくここに来るって聞いたんだ」
 バートラム。それが現在のカスパールの法的な氏名である。
「あー、あいつね。今日はもう帰ったよ。また夜から夜勤に入るって言ってたから」
「ちょっと遅かったか」
 ここで話を聞ければと思っていたが、少々来るのが遅かったようである。しかし、彼の住所は社員名簿から特定しているのと、流石にこの酒に浸かった騒がしい場所では込み入った話も出来ない。
「ありがとう。じゃあ直接本人の家に行ってみるよ」
 オルランドはチップ代わりにビール一杯分の代金を置き、店を後にした。
 モーリスが調べてきた名簿から、バートラムの住所を確認する。住所は東三丁目のアパートとあり、ここから歩いてもさほど掛からない距離だった。オルランドは早速アパートへ向かう。
 東三丁目と今の店とで、オルランドは随分と雰囲気が異なると感じた。距離はさほど離れていないものの、東三丁目はこことは違い教会や公園に図書館といった公共施設が多くある閑静な区画である。住居もあるが、少なくとも昼間から酒を飲んで騒ぐような人種が馴染める雰囲気ではないように思う。彼はどういう性格なのか、オルランドは少々不可解に思った。ああいった騒がしい店の常連でありながら、私生活では閑静な場所に住んでいる。何か心の二面性を表しているようにも思えるが、それは流石に考え過ぎだろうか。
 路地街を出てからしばらく歩いていくと、風景は閑静な住宅街へ変わっていった。緑豊かな公園や現代的で落ち着いた外観の住宅地、そして教会の姿もあった。しかしオルランドはその教会を見て一旦足を止めて驚きを見せる。この国でも一番普及しているのはアルテミジア新教なのだが、そこにあったのはアルテミジア正教の教会だった。無論、政府がアルテミジア正教の普及を禁止している訳でもなく、信者も少ないが居ない訳ではない。ただアルテミジア正教の教会をメルクシスで見たのは初めてで、こんな所にあったのかという純粋な驚きがあった。
 そう言えば、魔王も勇者マックスも、共にアルテミジア正教と関わりがある存在だ。すると勇者の親友カスパールにも、何かしらアルテミジア正教との繋がりがあるのだろうか。