BACK

 通されたバートラムのアパートは、非常に質素な生活ぶりを窺わせるものだった。生活に必要な最低限の物しか置くつもりがないのか、ベッドと小さな机と椅子くらいしか床にはない。備え付けのクローゼットの中も、さほど物は入っていないだろう。それは金が無いというよりも、どこか厭世的で世を儚んでいる素振りを感じさせる。
「この通り、殺風景な部屋ですみません。さあ、椅子にどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
 バートラムはベッドに腰を下ろす。彼は警戒こそしていたものの、こちらと話をする意思がある。何かしら義務感によるものかも知れないが、まさに自分が長年追ってきた魔王についての当事者の一人なのであるから、ここは遠慮は無用にするべきだろう。そうオルランドは心構えを決める。
「私の素性は御存知、という事でしたね」
「はい。改名前の名前はカスパール、魔王を討伐した伝説の勇者マックスの親友で、そのマックスと対立し殺されたはずの人間です。ですが、本当に死んだのは勇者マックスの方なんですよね」
「その通りです。しかし、どこでこの事を知ったのですか? 当時の連合軍でもごく一部の人しか知らない事実ですし、今ではもうそのほとんどが既に他界しているのに」
「まあ、ちょっと。情報を総合的に見て、そう推測していっただけです」
 本当は、霊能者を自称する人物によりマックス本人から聞き出した情報である。しかし、その話はいささかこちらの信用を損なう事になるため、オルランドは経緯をぼかす事にする。
「それで、一体何から話せば良いでしょうか?」
「では、まずは。あの魔王討伐の時の事をお願いします。何故あなたは、勇者マックスと対立したのか。その事を知りたいです」
「何故対立したか、ですか。実のところ、魔王討伐に関してはそもそも私とマックスはあまり意見が一致していなかったんです。方針での対立とか、本当に些細な事から重要な事までも。それでも、魔王が広める戦禍は止めなければいけない。それだけは一致していたので、私はずっとマックスと共に転戦を重ねていました」
「討伐後になって初めて対立した訳ではなかったんですね。では、ああいった結果に至った理由は何でしょう?」
「それは、マックスが魔王の首を晒そうとしたからです」
「首を晒す? それはつまり、遺体から切断してという事ですか?」
「ええ、そうです」
「それは、連合軍側の戦意昂揚のためだったのでは?」
「それもありますが、むしろマックスは自分の手柄を各国に知らしめる事をしたかったのです。魔王討伐を果たしたのなら、以後の栄達は正に思うがままですから」
「ではあなたは、そんなマックスの行動が承服出来ず対立したと?」
「ええ、そうなります」
 幾ら魔王でも首を晒すのは過激ではないか。そうは思いつつも、当時の世界情勢や実際に戦場で戦っていた者達の心境も考えれば、それぐらいは必要な事であったかも知れない。それほどあの当時の人類側は追い詰められていたのだ。もしあと一年も戦争が続いていれば、例え人類が勝利しても経済や食糧など新たな問題により別の戦争が起こっていただろうと見る専門家もいたほどだ。
 勇者マックスと親友カスパール、これまで二人の仲を勝手に無二の存在に想い合う同士だと想像していたのだが、本人の口ぶりからではやや異なる印象を受ける。マックスは独善的に振る舞い、カスパールはそれに付き合わされる。そんな関係のように思う。
「あなたは、例え魔王の死体とは言っても丁重に扱い敬意を払うべきだと考えていたのですか?」
「それは、少し違います。私の宗派はアルテミジア正教です。その教義の中には、死者の扱い方として厳守すべき事柄がありますから」
「無闇に死体を傷付けない、辱めてはならない、そういった事でしょうか。でも、こういう言い方は不愉快に聞こえるかも知れませんが、本当にそれだけの理由で対立を? 人類が生きるか死ぬかの瀬戸際だったのに」
「そうですね。確かに人類が滅ぶよりかは、私一人が目をつむれば良かったかも知れません。ただ、どうしてもそれは出来なかった」
「それほどまでに、熱心な信徒なんですね」
「いえ……それだけが理由ではありません」
「それだけではない?」
 するとバートラムは、おもむろに視線を窓の外へと移した。それは後ろ暗い事を話そうとする人間の態度に見えた。
「私は魔王と……いえ、ゲオルグとは古い友人だったんです」
「え、友人?」
 ゲオルグ。それは、魔王と呼ばれた彼がアルパディンで暮らしていた時の名前である。無論、これを知るのは限られた人物である。
「ちょっと待って下さい。もしかしてあなたは、アルパディンに住んでいたのですか?」
「ええ、そうです。ただ、父が正教、母が新教で私の宗派の事で対立してしまいまして。それで幼い頃に離婚し、母に連れられグアラタルへ移り住んだんです」