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 翌日、囚人番号M20715は早速刑務作業で月の石を拾う事にした。普段から月面で作業をしているため、石は見慣れている。砂をすくう際に石は除けるため、どういった大きさのものが転がっているか、形や色はどういった特徴があるのか、そういった外見的なものは概ね憶えている。
 囚人番号M20715はいつものように砂をすくいながら、スコップで砂を漁り手頃な石を探す。囚人番号M20715が作業をするエリアは、収監されてから一度も場所が変わったことがない。それは砂が多く石が少ないため、採取に適した環境であるためだった。それでも石は時折出て来るが、それは基本的に作業の邪魔にしかならないため、囚人番号M20715は見付け次第遠くの方へ放り捨てていた。長年続けたそれが原因なのだろうか、彼の刑務作業エリアには意外と手頃な石が転がっていなかった。
 スコップの先にちょっとした小石がかかり、囚人番号M20715はそれを手に取る。大きさは小指の先よりも一回り大きい程度で、持ち込むには実に手頃だった。しかし囚人番号M20715は、その石をいつものように遠くへ放り投げた。囚人番号L00012へ渡すならば、もっと大きく立派なものであるべきだ。そう考えたからだ。無論、あまりに大きくては持ち込むのも困難な上、囚人番号L00012自身も石の保管に困るだろう。だからある程度の限度はあるが、少なくともこんな貧相な石ではならない、そういう責任感のようなものが囚人番号M20715にはあった。
 砂を採取する作業をしつつ、石を探すことを続ける囚人番号M20715。ムーン・ダイヤには時計が無くどれくらいの時間が経過したかは分からないが、かなりの時間探し、そして納得のいく石が見つかっていない自覚はあった。やはり最初に見つけたような小さな石しかなく、囚人番号L00012へ自信を持って渡せるような物は見つからないのだ。以前に、それこそわたすのに最適な石は幾つも見つけ、そして作業の邪魔にならないように放り捨てていた事がある。何故今はそれが見つからないのか、囚人番号M20715は焦りと苛立ちを隠せなかった。
 手頃な石が見つからないのであれば、自分で作ればいいのではないか。
 やがてそんな乱暴な発想に行き着いた囚人番号M20715は、おもむろにベース内の準備部屋へ戻った。そして月面採掘作業用のツルハシを手にしてやってくる。以前にそのツルハシは、大きな石を粉砕して取り除く際に使った事があった。劣化しにくく石を砕きやすい特殊な合金で出来ているらしく、簡単に月面の石を砕けた事を憶えている。
 これなら楽に石が作れるはず。そう思いながら囚人番号M20715は、口元をにやけさせながらツルハシを振り上げようとする。
 しかし、その時だった。
『警告、当作業にその器具の必要性は認められません。直ちに使用を中止し、元の保管場所へ戻して下さい』
 ヘルメット内に響き渡る更正システムからの警告。囚人番号M20715は自分に対する警告は聞き慣れていないため、思わずぎょっとして全身を強ばらせてしまった。そして二回目の警告が聞こえて来るのと同時に、ベース内へ慌てて駆け戻りツルハシをしまった。
 作業に戻る囚人番号M20715は、自分の迂闊な行動を深く後悔した。これまで二十年以上も模範囚で通してきた自分にとって、あるまじき失態である。そして今の警告が自分の評価にどこまで影響するのか、酷く不安になった。囚人番号M20715は、これ以上石の質にこだわるのは無意味だと妥協することにした。囚人番号L00012の要望を叶えてやろうという思いはあっても、自分の評価に響くような危ない橋を渡るつもりは毛頭無いのだ。それに、囚人番号L00012は特にこれといって石の大きさなど指定してはいない。だから本当に拾える程度の石で初めから良かったのだ。
 囚人番号M20715は今の自分の行動を反省しつつ、スコップですくう砂の中に手頃な石が無いかどうか探した。もうしばらくは見つからないだろうと半分諦めながら作業をするが、意外にも手のひらに乗る程度の小さな小石を見付ける事が出来た。囚人番号M20715は石を作業着のポケットに忍ばせ、作業を続ける。各囚人の刑務作業は、中での生活のように厳しくモニタリングされている訳ではない。あくまで作業成果の総量だけが評価となるので、石一つ持ち帰っても更正システムには知られたりはしない。ただし、如何なる物も持ち込んではいけないという規則はあるため、発覚した場合は厄介な事になるかも知れなかった。
 やがて午前の作業の終了を知らせるアナウンスが始まる。囚人番号M20715はベースへ戻り服を着替えると、いつものように本日の昼食会場へと向かう。その囚人服のポケットには、しっかりと拾った石が入っている。昼食時間に囚人番号L00012へ渡せるチャンスはあるのか分からないが、もしあるのなら一刻も早く渡してやりたいという思いがあった。しかし、囚人番号L00012の姿は囚人番号M20715の近くの席には見当たらなかった。無理に探すのは目立つため、今回は渡す事を諦め午後の刑務作業へ戻る。その最中、囚人番号M20715はふと自分がしようとしている事、月面で拾った石を更正システムに知られず囚人番号L00012へ渡すのは非常に困難であると気付いたのだ。