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 管理人からの許可を得て始めた検証は三日目を迎える。
 屋上にはエリックを初めとする特務監査室の面々と、一人の男の子が居る。男の子はウォレンを相手にキャッチボールをしている。特にはしゃいでいる様子は無いが、全く退屈をしているという様子も見られなかった。
「お前、結構肩いいなあ。背も伸びたら、スポーツでも食っていけるんじゃないか?」
「ありがとう、おじさん。でもお前じゃなくて、ジェフリーです」
「俺もおじさんじゃなくて、ウォレンって呼んで欲しいな。結構傷付くから」
 二人は思ったより相性も良く、今では打ち解けた様子で今のような軽口を叩き合うようになった。歳は一回り以上離れてはいるが、ウォレンが子供相手に上手く立ち回れているからだろう。
 この男の子はルーシーの甥である。バイト代として小遣いを出すと話をつけて、この検証を手伝って貰っている。無論、本当の内容は話しておらず、あくまでこの屋上の耐久性と遊びやすさの検証として手伝って貰っているのだ。
「思ったより上手くやってくれてますね。意外と素直ないい子で助かりましたよ」
「意外と? エリック君、それはどういう意味?」
 ベンチで雑誌を読んでいたルーシーは、手を止めエリックをじろりと睨み付ける。
「い、いや、別に変な意味じゃないですよ。あのくらいの子供って普通は生意気盛りだから、扱い難いんじゃないかなって一般論を言っただけです」
「ふーん、まあいいけど」
 納得しきっていない様子ではあるが、ルーシーは引き下がって雑誌の続きを読み始める。こういったひねた部分があるからルーシーの親戚筋というのに不安があったのだが、流石にそれを口にするのは憚られる。
「ただいま戻りました。少し休憩にしませんか?」
 程なくして、買い出しからマリオンが戻ってくる。買ってきたのはレモネードとクッキーだった。キャッチボールをしていた二人は手を止め、ベンチに集まり買ってきたおやつに手を伸ばす。こういった場合エリックは気を使って最後に手を伸ばすが、ジェフリーよりも先に手を伸ばすウォレンやルーシーの姿を見て、思わず顔をしかめる。
「ねえ、叔母さん。本当にこんなのでお小遣いくれるの? 遊んでばっかりなんだけど」
「いーのよ、そういう仕事なんだから。それと叔母さんは止めて」
 ジェフリーの疑問はもっともである。雇用契約による労働に縁のない無い子供にとっては、遊んでいるだけでお金が貰えるという状況に違和感を覚えているのだろう。
 検証は、子供達の下校時間から日が暮れるまでに行っている。その間に、この屋上に新たな迷子が登場するか否かを確認するのだ。エリックの仮説では、新たな迷子は出て来ない事になる。それは、屋上に子供達が来なくなった時期と迷子事件の発生が重なるためだ。そのため、ここに子供が居れば迷子事件は起こらないはずなのである。
「そう言えば、この屋上って前に誰かが落ちて死んだんでしょ? それって本当?」
「えっと、それは何処で聞いたの?」
「前から学校で噂なってるよ。建物の名前は幾つかあったけど。それで、みんな飛び降りて死んじゃうんだって」
 唐突な質問にエリックはいささか動揺するものの、出来るだけ反応を抑え淡白に答える。
 特に隠蔽などした訳ではない事件だけあって、特に被害者が子供だから、こういう噂はすぐ学校に知れ渡り広まるのだろう。もし何かしら不自然な出来事を見られでもしたら、事態の収集は非常に困難なものになるだろう。
「やっぱり、実はそれの真相を確かめるためにやってるんじゃないの?」
「そんな非科学的な事じゃないよ。それより、そんな風に思ってたのに良く引き受けてくれたね」
「ちょっとね、お金が要るんだ。欲しいものがあって。ルーシー姉さんが結構くれるって言うからね。だったら大丈夫かなって」
 少なからず不自然な出来事が起こっていると、子供達の噂にはなっている。子供の好奇心と情報網が噛み合うと恐ろしい。下手に真相を知られないように注意しなければ。
 真相にかかわるような質問はかわしつつ、ジェフリーを使った検証はその後も何事もなく進んでいった。その間、念のため屋上や共用部分の再調査も行ったが、特にこれといって疑わしいものや不審なものは見つからなかった。本当に、ただただ古いだけのごく当たり前の集合住宅なのである。あの子供の事故以外、何のいわくも因縁も無いのだ。
 そして、一週間後。遂に新たな迷子事件は起こらなかった。だが検証を終えたその翌日、まるでそれを見計らったかのように再び迷子事件が発生する。エリックの仮説は正しかった事が証明される事になったが、子供が屋上へ迷い込む具体的なプロセスは分からないままだった。