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 どうすれば現実の自分は目を覚ますのだろうか。エリックは夢に流されながら、そればかりを考えていた。しかしここまでリアルで覚めない夢は初めての事であり、対処方法は自力で手探りで見つけ出す他なかった。
 夢のシナリオに流されつつ、もう何度目かの登庁をしたある朝の事だった。
「おう、エリック。仲良くやってるみたいだな」
 突然ウォレンがそんな漠然とした言葉をかけてきた。仲良くも何もマリオンの居る前で何を、と思ったが、何故か今の執務室にはエリックとウォレンしかいなかった。
「特に問題は起こってませんよ」
「そうか。まあ、お前は家庭人向きだからな、ちゃんとうまくやれよ。これは俺からの気持ちだ」
 そう言ってウォレンがエリックにどこからともなく出して渡してきたのは、厚底で生地がやたらと堅く爪先に金属の入った丈夫なブーツだった。
「え? あ、ああ、はい、ありがとうございます」
「おう、これからも仲良くな」
 そう言って消えていくウォレン。エリックは呆気にとられながら、手にしたブーツを眺めた。ブーツそのものは良い品ではあるが、どうにも贈られた意図が分からない。ウォレンの趣味なのだろうか。
 ふとエリックは、ある仮説を思い付く。今のはこれまで無かった出来事である。ずっと同じ一日を何度も繰り返していると思っていたが、もしかすると本当は夢の中でも時間は経過しているのではないだろうか。
 同じ一日を繰り返しているのではなく、みんながただ同じ行動をなぞっているだけなら、そこを綻ばせれば何か変化が起こるのかも知れない。そしてエリックは、その日から一日の中の何か一つでも出来事を変えようと行動を始める。庁舎とは別の方向へ歩いてみたり、仕事をしないルーシーをきつい口調で注意してみたり、わざとウォレンの席に居座って頑なに退かなかったり。自分がするべき事を明確に決めた途端、これまで流されるだけだったのが急に自発的に行動が出来るようになった。それにより登場人物の反応や出来事は明らかに変わっていき、変わり映えしなかった夢の世界にどんどん変化が訪れ始める。しかしそれでも、マリオンと共に目覚めマリオンと共に帰宅する大筋は絶対に変わる事無く、何をしてもこの大筋に収束し夢は覚める事は無かった。
 それでもエリックは、まだ足りないだけだと、頑なに夢の世界を探索し続ける。どれだけ走っても疲れる事が無く、空を飛ぶような大跳躍まで出来るため、探索自体は非常に楽だった。行きたい場所を念じれば唐突に場面が変わる事も分かり移動のロスは無いのだがその場所が必ずしも現実と同じである保証は無かった。それはエリック自身が聖都を隅々まで知り尽くしている訳では無く、生活圏外の景色は想像で補完しているためだと推測する。聖都中を回れるだけ回って得られたのは、聖都をを探索する意味はほとんど無いという結論である。
 ならば、生活圏内で何か大きな事をするしか無い。
 流石に犯罪行為は夢の中でも気が咎められる。そこで手始めに、執務室にあるデスクを部屋の外へ勝手に引き摺り出してみた。しかしデスクはいつの間にか消え失せ、また元の場所へ戻ってしまう。ルーシーが食べているお菓子を幾ら横取りしても無くなる事はなく、ウォレンが読んでいる本も取り上げただけ新しく現れる。これは執務室そのものがエリックの記憶通りに作られている場所であるため、記憶と異なるように干渉しても元の通りに戻ってしまうのだろう。
 世界を変えるには、自分の観点を変えるしかない。しかし凝り固まった自分の観点はそう簡単に変える事は出来ない。それは、自分の価値観を一変させるに等しい事なのだ。
 どうすればこの世界を変えてしまう程の衝撃を受けられるのか。自殺、は流石に夢でも勇気はない。知り合いを殺すというのも言語道断である。見ず知らずの人間なら、とも考えたが、やはり幾ら夢の中でもそんな犯罪に手は染められない。
 なら、何が手段として残っているのか。
 これまでに無い、何か強く過激にこの夢の世界へ干渉するような行動。
 そこでエリックは決心をする。自殺以外に自分を変える行動を思い付いたからだ。
 その日も自宅へマリオンと帰ってくる。そしてマリオンは当たり前のようにニコニコしながらソファへ座り、エリックもその隣へ座る。これまでは意思とは関係無く座っていたが、今回は自分の意思で行動し座る事が出来た。覚悟の効果か、そうエリックは思う。
「マリオン」
 傍らに座るマリオンの顔を真っ向から見つめてそう呼ぶと、マリオンは笑顔のまま小首を傾げ可愛らしく訊ね返す。そんな彼女の両肩をエリックは思い切って掴むと、エリックはそのままソファの上へ押し倒した。
「ひゃっ!?」
 これまでとは打って変わって、マリオンは驚きで上擦った声を上げる。抵抗は無かった。けれど、こんな事になるとは思わなかったとばかりに、マリオンの表情は驚きと羞恥心に満ちている。随分と余裕の無い表情をしている。自分も同じ顔をしているからだろうか。そんな事を考えた時だった。
「先輩? ねえ、先輩ってば」
 突然、エリックは誰かに肩を叩かれ揺さぶられた。