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「連れて行くって、要するにマリオンがもう寿命だから?」
「死神のスケジュール的にはね。でも、どうして連れて行かないんだろ?」
「随分と縁起でもないこと言いますね。それ、どうして死なないのって言ってるようなものでしょう」
「そりゃね。だって、死ぬって決まったから迎えに来てるのよ。それが決定を覆して死なないんだから、どういう事だって普通はなるもんでしょ」
 誰かが人間の生き死にを決めているとは信じられないが、ともかく死神にとって今のマリオンが想定外の状況なのだろう。そのせいでの苛立ちがああいった表情に出ているのか。
「あ、もしかして!」
 その時、不意にマリオンが何かを思い出し声をあげた。
「私、十歳の頃に一度事故に遭って死にかけた事あるんです。馬車にはねられて頭を打ったみたいで。だけど、どういう訳か奇跡的に助かったんですよ。幸い後遺症も無しで、数日でけろっと治っちゃって。あ、体にはちょっとだけ傷跡が残っちゃいましたけど、エリック先輩見てみます?」
「それはいいから。じゃあ、もしかして死神はその事故でマリオンを連れて行くつもりだったって事でしょうか?」
 幼い頃に一度死にかけた。それが本来のマリオンの寿命だと言うのだろうか。もしそうだったとしたら、まさに死神が苛立つ理由に重なっては来る。
「かもねー。でもおかしいなあ、普通は死神に抵抗出来るとは思えないんだけど。マリオンはそれ以降、事故に遭う事はあった?」
「言われてみると、ちょくちょく巻き込まれたりしますねえ。まあ大体何とかかわしたりしてます。勘が良いんですよ、私」
「事故をかわすって……」
「なんか、昔からそういうのが当たり前って感じですから。もう慣れちゃったって言うか? 何か私って、体動かすのが好きですから。体力には自信あるんですよ」
 そうマリオンはさもない事のように笑う。
 事故に巻き込まれるなど、人生でそう何度もあるものではない。けれどマリオンの口調は、まるでその事故が日常の一部になっているような節がある。幾ら体力自慢とは言っても、事故と運動を混同するものではない。
「となると………。これはあくまで私の想像だけど、もしかしてマリオンの事故死が決まってるのに死ななかったから、もう一度事故死させようとするんだけど、マリオンが事故をかわすようになっちゃって、それで上手く行かなくてずっと粘着してるんじゃないかな。あんなイライラしながら」
「じゃあ、もう十何年も死神が一緒にいたって事ですか?」
「そういう事。これだけ外してるって事は、死神も大事故を起こせないんでしょきっと。小さな事故はマリオンはかわしちゃう、かといって大事故では関係無い死人を出しかねない。だから焦ってるんでしょうねえ」
「うわあ、ストーカーじゃないですか! 気持ち悪い!」
 すぐ傍にそのストーカー呼ばわりされているものがいると言うのに。マリオンの歯に衣着せぬ言い方は、完全に煽っているようにしか聞こえない。
 そんな中、おもむろに室長が外出先から戻って来た。この様子にいつもの穏やかな表情のまま小首を傾げる。
「何か騒がしいけれど、どうしたの?」
「すみません、ちょっとおかしなものを偶然手に入れまして。あの、これ持ってマリオンを見て貰えますか」
 件の石ころを室長へ手渡す。室長は言われるがまま、石ころを持ってマリオンを見た。
「あら、死神じゃない」
 すると室長は、普段通りの落ち着き払った様子でそう感想を述べるに留まった。何故そうも冷静なのかと、最初に取り乱したウォレンは流石に眉をひそめた。
「え……何だか随分淡白な反応ですね」
「それはそうよ。これって元々みんなに憑いているもの」
 みんなに元々憑いている。その予想外の言葉に一同はどよめいた。
「どういう事ですかそれ!?」
「死神はあくまで俗称よ。これは寿命を管理する、一種のストッパーみたいな役割の存在らしいの。詳しい事は先代局長が調べたそうだけど、調査はあまり進展しなかったみたい。先に自分にそれが来ちゃって」
「でもこの石、持ってもマリオンしか見えないですよ」
「誰が作ったのか知らないけれど、あまり趣味の良い物じゃないわ。本来の姿を見せている訳じゃないし、そもそも危機感を煽る目的で作ったんじゃないかしら」
「わざと誤解を生んで騒がせるような物、という事ですか」
「とりあえずエリック君、これ売ってる人を見つけたら取り締まってね。こういう悪質な物、あまり出回らせたくないから、物じゃなくて根本から押さえたいの」
「わ、分かりました……」
 室長の静かな語り口の奥には、深く秘めた怒りのようなものを感じた。この石ころは本当に悪質でたちの悪いものなのだろう。特務監査室の職務はオカルティックな物で世間を騒がし人身を惑わす存在を取り締まる事だが、まさにその対象となる例である。そうと知っていながら騒がすためだけに作ったとしか思えないこれは、室長にとって不快感しか覚えないのだろう。