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 勝敗はあっけなく決した。ウォレンに向かっていった容疑者の男は、接触したと思った次の瞬間には地べたに這いつくばっていた。ウォレンの攻撃が決定打となったためである。
「おーい、終わったぞ」
 ウォレンは伸びをしながら呑気な口調でそう周囲に伝える。そして真っ先に駆け寄ったのはエリックだった。
「大丈夫ですか、ウォレンさん! 体はどこもおかしくありませんか!?」
「大丈夫だって。来るのが分かりゃ掠りもしねーよ。本当にコイツが馬鹿で楽だったわ。手の内明かした上に挑発にまで乗りやがって。ここまで御膳立てが揃えりゃ、後は目をつぶったって勝てる」
 ウォレンは至って平気な様子で笑う。ともかくウォレンが無事である事にエリックは安堵し胸をなで下ろした。
「それなら良いんですけど……。しかし、本当にあっさり勝っちゃいましたね」
「まあな。コイツ、自分が指での突き技しかないって自分でバラしたからな。その上であんな挑発に乗って自分から仕掛けて来やがって。そしたら初撃だけかわせば終わりだろ」
「じゃあ、全部それを狙っての言動だったんですか?」
「もちろんだぜ。って、一体何だと思ってたんだよ」
「いえ、また前みたいに自暴自棄になったんじゃないかって」
「お前、俺のことそんな風に見てたのかよ……ちょっと悲しいぞ」
 ウォレンはエリックの思いが意外だったらしく、困惑と悲しみの表情を見せた。自分の心配はウォレンにとって信用されていないことのように捉えられたようで、エリックは申し訳なく思う。
「でも仕方ないじゃないですか。こんな危険な技術を持った相手に、あんな風に挑むんですから。心配だってしますよ」
「だから、その認識が間違ってるって言ったろ。別にコイツ、そこまで危険じゃねーんだよ」
「どうしてですか?」
「コイツの指に突かれたら死ぬ、まあそれはやべーよな。じゃあ、コイツがナイフを持っていたらどうする?」
「どうって、まあ刺されないようにしますね。それと斬りつけられるのも……あ、そうか! そういう事か!」
 ウォレンの言わんとする事に気付いたエリックは声を上げる。
「どっちみち、刺されたら危ない事には変わりないんですね。いえ、リーチも長く切られる危険性もあるだけ、むしろナイフの方が危ない」
「しかもだ。ナイフは急所じゃなくても刺されたらやべーが、コイツのはキチンと正確に秘孔だかを突かなきゃいけねえ。いきなり街中で襲われたら確かにあぶねーけどさ、それはナイフだって変わりないからな。まあ、蹴り技で同じ事が出来るかもって危惧はあったが、この通り自分から手の内明かす馬鹿だからな」
「普通はナイフで襲われるのだって危ないですけど……そこら辺はウォレンさんには慣れっこって事ですね」
「そういう事だ。ナイフ戦なんざブートキャンプで死ぬほど訓練したからな」
 一般人はナイフを持った男と戦うような技術を持ってはいないが、ウォレンは元兵士であるためそういった場合の対処技術は身に染み着いている。つまりウォレンからすると、人を殺す秘孔を突くしかない相手などナイフより遥かに簡単なのだ。
「さて、と。今回の仕切りは俺らだ。仕上げもしとかないとな」
 そう言って二人は警官達に取り押さえられている男の方へ目を向ける。
「くそっ、これは油断しただけだ! お前、もう一回戦え!」
「勝負しに来た訳じゃねーって言ったろ。お前にもう一度はねえんだよ。このまま裁判を省略して、刑務所じゃない施設に死ぬまで隔離がお前の末路だ。だがその前に」
 エリックは押さえている警官達に説明し、男の両手のひらを地面に着けさせた。動けないように押さえたのを確認すると、ウォレンは歩み寄って腕を振り上げ、
「フンッ!」
「ぎゃああああ!?」
 ウォレンは男の拳に向かって自らの拳を振り下ろす。その瞬間に骨が砕ける鈍い音がエリックの耳にまで聞こえて来た。
「どこで知り得たもんかは知らねえが、施設に武器の持ち込みは禁止だ。ここで没収させてもらうぜ」
 続けてもう片方の拳も容赦なく砕ききった。その光景には、エリックだけでなく警官達も顔をしかめる。
「では、身柄は先にお伝えした通りに。我々は彼の部屋を先に捜索しますので」
「分かった。ありがとう、おかげで誰も死なずに確保できたよ。ここでの出来事は他言はしないし、記録にも残さない」
「そのように。よろしくお願いします」
 刑事と警官達と挨拶をし、エリックとウォレンはその場を後にして木賃宿へと向かう。あの男の所持品を押収するためである。この後あの男は警察によって特別な隔離施設へ送り込まれ、所持品も調査後に重要なものは隔離倉庫へ移す事になっている。これで二度とあんな事件も聖都では起こらないだろう。
「しかし、無茶しますね。確かに室長は、技術が二度と表に出ないようにと言っていましたけど」
「はあ? 優しいだろ、こんなの。まだあいつ、ちゃんと自分でケツ拭けるんだぜ。切り落とすより人道的だろ。それに、無抵抗の人間を殺すのも気が引ける」
 それは、やらなければならなくなったらやる、という事だろうか。ウォレンは兵士であるため経験者である。自分が命令すればおそらくやるだろう。そう思うと、より自分の責任の重さが恐ろしくなる。
「ああいう技術はな、表に出ちゃまずいんだよ。室長もそれを分かってるから、ああいう言い方したんだろうな」
「今日の立ち会い見る限り、そこまで深刻そうには見えませんでしたけど」
「簡単に人を殺せる技術があると、次にどうなるか分かるか? 大人を殺すために、子供がさらわれてその技術を仕込まれるんだよ。ガキなら大人は警戒しねーからな。すると空前の誘拐ブームが来るって訳さ。人身売買の活性化だ」
 確かに、人を簡単に殺せる技術があるなら体格差など関係が無くなる。そして必然的にコントロールしやすく警戒されにくい子供が方法として使われる。その先に待つのはウォレンの言う通り、子供の誘拐や売買だ。
「ウォレンさんも、色々広く考えててくれてたんですね」
「ああ、これは先週読んだ現代伝奇小説の受け売りだ。でもよ、あれ本当はノンフィクションじゃないかって思うんだよな。それくらいリアルでさあ」
「……まあ、そうですよね」