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 ケヴィンは、ライナスの事務所のある建物の管理人に就いた。新たな管理人を募集していたのは偶然のことで、本来は清掃員として入り込むつもりだったのだが、建物内をうろついても不自然に思われない職を手に入れたのは彼にとって非常に幸運な出来事だった。
 まずケヴィンは、建物の状況の確認から始めた。管理人に支給される見取り図を手に、入居の状況や非常階段などの位置、そして時間帯ごとの人の出入りなどを事細かに洗い出していった。その過程で、ライナスが月に何度か業者から夜食を取り寄せている事を知った。これにより、ケヴィンは次の殺害方法を毒殺と決める。
 毒物の調達はさほど難しくはなかった。港の倉庫街には不法入国者のコミュニティがあり、彼らは金さえ払えば大概の物は用意してくれるからだ。そこでケヴィンは猛獣の殺処分にも使われるような猛毒を入手する。
 次に重要なのは毒物を混入させるタイミングだったが、それもさほど難しくはなかった。あらかじめ正面口を閉じておけば、管理人室のある裏手へ業者は回って来る。その時に適当な嘘をついて自分が代理として受け取り、混入後に届ければ良いのだ。
 これらの計画を決定した三日後、再びライナス殺害の好機が訪れる。
 時刻が夜の九時を回ろうかという頃、ケヴィンの居る管理人室の方へ業者がやってきた。ケヴィンは代理としてそれを受け取ると、すぐさま料理の全てに満遍なく毒物を混入させた。そして何食わぬ顔でライナスの部屋へ料理を運び、ライナス本人へ直接手渡した。ライナスは仕事が忙しいせいか、料理を届けた相手がどこの誰かも気に留めず受け取った。この様子なら、特に疑いもせず料理を口にするだろう。
 どんな猛毒であろうと、効果が出るまではそれなりに時間はかかる。今すぐにでも効果を確かめたかったケヴィンだが、焦る気持ちをこらえ管理人室へ戻ると、軽く酒を飲み気分が良くなった所で就寝した。
 翌朝、ケヴィンは早速建物内の見回りを始めた。丁度ライナスの事務所前に差し掛かった所で異変に気付く。事務所のドアが半開きになり、そこから上半身だけを乗り出した格好でライナスが倒れていたのだ。ドアを開ける手間が省けたとばかりに、早速ケヴィンは注意深く近付いてライナスの様子を窺う。ライナスはかっと目を見開いたままピクリとも動かず、呼吸も一切していない。指で喉元を激しく掻き毟った痕があり、間違いなく食事へ混入させた毒物による中毒が死因である。
 喜びのあまり叫びたいのを必死で抑え、すぐさまケヴィンは外へ出て近くにいた警察官を呼んだ。まるで状況が分からないと困惑した演技をして無関係を装いながら事情を説明する。食事を配達した業者に確認すればすぐに嘘はバレるだろうが、逃亡するだけの時間が稼げればケヴィンにとってはそれで十分だった。
 警察が遺体を引き取った後、ケヴィンはそっと建物から去り港の倉庫街へ身を隠した。今度こそ積年の恨みを晴らしたと安堵の気持ちでその夜は就寝する。そして翌日、申し訳程度の変装をしたケヴィンはライナスの事務所へ向かった。その後どうなったのか様子を自分の目で確かめるためと、改めてライナスが死んだ事実を噛み締めるためである。
 建物の裏手から中へ入り、ライナスの事務所の近くまで来る。そこでケヴィンは不審に思った。ライナスの事務所は、殺人事件があったにも関わらず、昨日のままだったからである。まるで何事も無かったかのような風景なのは、既に警察は現場検証を終えているからだろうか。そう思っていると、突然事務所のドアが内側から開けられ、咄嗟にケヴィンは廊下の隅へ身を隠し様子を窺った。
 そしてケヴィンは驚愕する。事務所の中から現れたのは、紛れもなくライナス本人だったからだ。ライナスはドアから出た所で一度背伸びをし、階段を降りていく。朝食を食べに行くのだろう。その様子は平素と何ら変わりがない。
 何故、昨日毒殺したはずのライナスがいるのか。確実に死んだ事は間違いなく確認した。遺体も警察が引き取っていったのも間違いなく見届けた。それなのに、どうしてライナスは再び何事もなかったかのようにここにいるのか。
 病院での治療が間に合ったのだろうか。それならばもう一度殺害計画を練るだけだが、流石にこれまで通りに自由に動き回る事は出来ないだろう。ライナスは確実に自分の事を警察に話しているからだ。既に手配が回っていてもおかしくはない。
 それにしても、どうしてあそこまで念入りに死亡を確認したと言うのにライナスは平然と生きているのか。これが単なる確認ミスなのだとしたら、そもそも手段に不確実性を排除しきれていない事が一番の原因なのだろう。
 やはり最初と同じように、自らの手で確実に事を成し、誰が見ても死んだと断定するような状態へ追いやらなければいけない。自分自身こそが一番確定的なのだから。