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 飲食エリアの一画にある喫茶店。そこでエリック達はひたすら時期を待っていた。
 対象となる医療研究者は、今日はまだ来ていないという。先に証拠品の押収をしても良いのだが、その異変に気付かれ身を隠されるリスクがある。何より優先されるのは身柄の確保であるため、やはり研究所内に来た所を押さえた方が確実なのだ。
 三人はまだ来ないのか。流石にこちらの動きを既に掴んだという可能性は無いはずである。これが警察ならば内部から鼻薬を嗅がされた職員がリークする事も有り得るが、その危険性も考慮した上での特務監査室である。彼らは単純に遅れているだけのはずなのだ。
 どこか一点を見つめながらそわそわするエリック。その一方で、ウォレンは本屋で買ってきた何かの参考書を読み、ルーシーとマリオンは一緒に何かの雑誌を読みながら談笑に花を咲かせている。昼食も終えたことで、非常に寛いだ雰囲気になっているのは明らかだった。エリックは、本当にこの調子で大丈夫なのかと不安にならざるを得ない。
 不安感で幾分か吐き気も催して来た、そんな時だった。不意に店に入ってきた一人の警備員がルーシーに何やら耳打ちをすると、そのまま足早に去っていった。
「よし、じゃあ行くよ。三人が揃ったっていうから」
「じゃあ、今の人が?」
「そ。買収した内の一人」
 簡単に賄賂を受け取る人間が警備員とは。この施設の防犯体制は大丈夫なのかと、エリックはまたしても不安に思う。
「んで、搬入口だっけ。荷物はまだあるのか?」
「大丈夫。わざとそこで止めさせてるから。後は取り敢えず作業着にでもなって研究所へ運び込むよー」
 そして四人は搬入口近くの作業員詰め所へ入り、そこの更衣室で服を作業着へ着替える。これらの用意もやはりルーシーのばらまいた賄賂によるものなのだろう。仕事の段取りとしては的確で良いのだろうが、やはり賄賂という後ろ暗いものがどうしてもエリックには引っかかった。
 搬入する荷物は、台車三台分の木箱だった。伝票も貼られていない不自然さから、如何にも中身は疚しい荷物なのだと受け取れる。ルーシーは勝手に先頭で誘導係を始め、残る三人が台車を押して搬入路へ入っていく。そこは緩い下り坂の長い通路だった。薄暗く足元の覚束なさもそうだが、何度か通路が折り返す辺り、深さはそこそこにあるようだった。確かにいかがわしい研究をしている雰囲気が滲み出して来る。
 しばらく降り続けると、通路の奥に大きな金属製の両開きの二枚扉が見えてきた。それが研究所の入り口なのだろう。エリックの背中に緊張が走る。だがそんなエリックの都合などお構いなしに、ルーシーは扉を変わったリズムでノックした。おそらく買収した職員から聞き出した呼び出しのノックなのだろう。
 扉の覗き窓が開き、中から男の顔が現れる。男はじろじろとこちらを見回した。
「お荷物でーす」
「見慣れない顔だな?」
「臨時なのでー。とりあえず、早めにして貰えますか? 荷物多いからちゃちゃっと済ませたいんですけどー」
 訝しんでいるターゲットの一人に対し、堂々とタメ口で話すルーシー。男の表情は見る見る強張り、流石に偽者と気付かれたかと焦るが、どうやら男は疑念よりも無礼な態度に対して眉をひそめているようだった。
「ったく……分かった分かった」
 男は面倒臭そうに舌打ちし覗き窓を閉めると、中から鍵を外し扉を開けた。そして四人はすぐに荷物を中へ運び込む。その時、エリックは予め打ち合わせていた通りに後ろ手で合図を送った。それを受けたマリオンはすぐに扉を閉めると、そのまま扉の前に立ちはだかった。
「ん……? 別にまだ閉めなくていいぞ」
「いや、そうじゃないと困るんでー」
 そう言ってルーシーは、つかつかと奥の部屋へと入っていった。
「おい、お前! ちょっと待て! 勝手に動くな!」
 奥の部屋へ入ったルーシーは、すぐに廊下へ出て来てこちらに向かって叫んだ。
「全員いたよー! こっちに後二人居るの、確認した!」
「分かりました。では始めます」
 エリックの合図に、まず動いたのはウォレンだった。ウォレンはルーシーを追ってきた男に素早く近付くと、隠し持っていたロープであっと言う間に縛り上げてしまった。
「お、おい! どういう事だ!」
「我々は政府機関の人間です。こうなる心当たりはあるでしょう?」
 その問いに男は答えない。それは心当たりがあることと、口にする事への躊躇いだ。彼は研究内容への後ろ暗さがあり、まだ罪悪感があるだけましな部類なのかもしれない。
 出入り口はマリオンに封鎖させたまま、エリックはウォレンと一緒に部屋の中へ入る。そこには女性と年老いた男の研究者が二人、困惑した様子で立っていた。ウォレンはすぐさま二人を拘束するが、状況を理解していないのか、二人ともまるで抵抗らしい抵抗をしなかった。