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「よし、確保完了だ。おーい、そっちはもういいぞ」
 ウォレンに呼ばれ、マリオンが入り口の方から台車ごとやって来る。
「では、証拠品の押収を始めます。今回は特に危険なものだけに限定しますが、持ち帰れないようなものはこの場で破却して下さい。それと彼らの身柄は」
「おう、俺が見張っててやるから安心しな」
 そうウォレンが自ら進んで出る。おそらく、証拠品探しには加わりたくないのだろう。
「……力仕事の時は呼びますからね」
 堂々と夕食を優先したウォレンは放っておき、エリック達は研究室の捜索に取り掛かる。
 生物の研究をしていると聞き、病院のような所を何となくイメージしていたエリックだったが、ざっと見渡す限りではまるで倉庫の一室のような雑然さにギャップを覚える。部屋の中央には広いテーブルが並べられ、そこに素人目には散らかっているようにしか見えない様々な機材が並べられている。薬研や壺、試験管にビーカー、ランプもあり、何か薬でも作っているのかのような光景である。その中に手製で組まれたらしい何らかの装置も幾つか含まれているが、素人が迂闊に手出し出来る物ではないようである。これが果たして科学的に正しく根拠のある装置なのか、それとも神秘主義的なオカルトなのか、エリックには判断がつかなかった。
 三人はそれぞれ分担して具体的な証拠品を探し始める。まずは壁一面に並べられた棚の中に手をつける。そこには様々な器具や薬品の瓶などが無造作に並べられていた。普通の研究所であれば、こういった器具はきちんとした保管庫で管理している。おそらく本当に身内だけで密かに行っているため利便性を優先しているのだろう。エリックはそれには手を付けず、迂闊に触れても問題無いような書類やファイルから始める。内容に目を通してみると、実に多種多様の触媒や薬品などを使った実験の事が記録されていた。分量や温度の管理や手を加えるタイミング等が事細かに記述されており、相当な繊細さを要する実験だったようである。材料も半分以上は聞いたこともないものだったが、中には猿の生き血や馬の精液、若い女性の胎盤のような思わず顔をしかめる名前も含まれていた。彼らの言う所の錬金術では時折見られる名前だが、それを実際に使用したのは科学的な好奇心ではなく本当にオカルト分野へ傾倒してしまっているせいなのだろう。
「ねー、エリック君。これ、押収するの書類だけで良さそうだね。まだ生ゴミしか出来てないみたいみたいだし、実験記録読む限りじゃ、まだおとぎ話レベルのことしかやってないし」
 唐突にルーシーが一つの瓶を投げて寄越した。エリックは慌ててそれを受け取りラベルを読む。
「アゾート? 何ですこれ?」
「万能薬よ。ま、実際は単なる麻薬成分バリバリの痛み止めだけど」
「それはそれで問題ですが……その剣は?」
 ルーシーはどこからか持ってきたらしい一振りの古めかしい剣で肩を叩いている。
「悪魔を使役する剣よ。まー、これもよく昔の錬金術師が使ってたっていうやつねー」
「悪魔ですか……。そう言えば、ルーシーさんは錬金術の事とかも分かるんですか?」
「ここの仕事してるのに、分からない方が問題ですー。一通り最低限の知識はつけときなさいねー」
 確かにそれはルーシーの言う通りである。仕事が片付いたら書店にでも行こうか、と考えたが、やはり気乗りはどうしてもしなかった。錬金術と聞いて、歴史学者や民族学の専門家でも無い自分には、まずそれらが無意味な妄想であるという評価が念頭にあってしまうのだ。しかしこういう状況に備え、知識だけはあった方が良いのだろう。
 大量のファイルや書類の確認が終わると、エリックは押収の対象とするものを選んだ。まず重要と考えるのは、この施設に資金や物資を提供した会社との繋がりを示す類の物。そして次に、倫理に反すると言われる類の作業手順書の山だった。こんな物はこの場で焼却しても良いのだが、流石に数が多く地下室で大量に燃やすのは危険というのが押収する理由である。それらをここへ運び込んで来た木箱の中へ次々と詰め込んでいく。変装用の小道具が目的でもあるが、押収物の輸送にも使う目的でもあるため、中身は予め抜いている。
 一通り押収は終わっただろう。そう思いながらやり残しの確認をしていた時だった。
「エリック先輩、なんかここ、隠し扉みたいなのがありますよ。まだ部屋があるんじゃないでしょうか?」
 ふとマリオンが部屋の隅を撫でながらそんな指摘をしてきた。
「調べてみよう。まだ何か危険な物があったら事だから」
 すぐにエリックはマリオンと共に壁の傷や不自然なへこみなどを触りながら確かめていく。すると壁の隅には小さな指を引っ掛けるくぼみがある事を見つけた。エリックは早速そこへ指をかけながら壁を横へ引いてみる。すると、一見重厚そうだった壁は驚くほど軽くスライドしていった。