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 隠し扉の奥にあったのは、コンクリートをくり貫いて作ったらしい、部屋とも呼べぬ狭いスペースだった。そこにはテーブルが一つ、その周囲には雑然と様々な機材が置かれている。一見した様子は先程の部屋と変わりなかったが、こうして隔離しているという事は明らかに特別な理由があるということである。
「あれ、何でしょうか? 何だか怪しい感じですけど」
「迂闊に触らない方がいいね。まずは見てみよう」
 まずは率先してエリックがテーブルへ歩み寄り機材を眺める。それはエリックにはまるで理解が出来ない構造をしていた。やはり無数のビーカーや試験管とそれを繋ぐゴムチューブの集合体なのだが、表のよりも遥かに密度が高く複雑になっているように思える。そしてどこかから温められた気体を送られているのか、中からは一定のリズムで呼吸に良く似た音が聞こえて来る。これは明らかにこれまでにはない反応だった。
「これ……もしかして稼働してるのかな?」
「稼働って、何のためです? 何かを作っているから? それじゃあ……」
 彼ら研究者が作っているもの。それは、人工的な人間である。それを足掛かりに、不老不死の妙薬を作ろうという世迷い言に没頭した集団なのだ。そんな連中が作ったということは、この装置のどこかにはまさに研究の核心となる何かが収められている事になる。
「エリック先輩……大丈夫ですか?」
「ああ。とりあえず、僕が確認するよ」
 不安げなマリオンの声に、やや震えた声で答えるエリック。
 ルーシーは、ここの研究者は大した物を作っていないと言っていた。ならば、この異形の装置の中にある物は一体なんなのだろうか。
 エリックは、グロテスクな肉の塊を想像し戦慄する。それ自体に危険性は無くとも、自分の心に嫌な物が残るのは間違いないからだ。
 素人目ながら、機材同士を繋ぐパイプを辿り中核となる何かを探す。そして、必ずどの機材からのパイプが繋がる大きな箱の存在に気がついた。ここが中核である。そう感じたエリックは、まず箱の蓋の留め金を外すと、慎重に蓋を持ち上げた。
「やめろ! それに触るな!」
 突然背後から怒鳴り声がして、エリックは思わず手を止める。振り返るとそこには、後ろからウォレンに押さえつけられようとしている、最初に見た研究者の姿があった。見張っていたウォレンを振り切って制止に来たという事は、ここに納まっているのは余程の物なのだろう。
 好奇心が無い訳ではなかったが、まずはこれが何なのか確認しなくてはいけない。エリックは視線を戻し深呼吸すると、もう一度慎重に蓋を持ち上げる。
「これは……」
 現れたのは、箱とほとんど同じ大きさのフラスコだった。フラスコには一本だけ細いチューブが繋がっている。その先には仰々しい機材の群れがあり、どうやらこのフラスコへ何かを供給するための物らしかった。
「な、何が入ってました……?」
 そっと近付いて来て隣から恐る恐る訊ねるマリオンの声が聞こえる。かなり警戒している様子だったが、同時に好奇心には勝てないという様子でもあった。
「多分、何かフラスコの中にあるんだろうけれど」
「中が曇って良く見えませんね……あっ」
 そうマリオンが声をあげたのは、フラスコの中に不意に動いた影のようなものが見えたからだった。
 それは手だった。指が五本、爪までも見える。小さなその手が、内側からフラスコの曇りを僅かに拭った。
「え……? これ、まさか」
 人間が中に居るのでは。反射的に浮かんだその考えを、エリックはすぐに振り払った。フラスコの中に収まるような小さな人間など存在するはずがないからだ。しかし自らを理性的にしようとして凝り固まるのは、エリックも自覚している悪癖でもある。
 目の前の状況を否定したいあまりに、エリックは更に踏み込んだ行動へ出る。
「取り出してみよう」
「え!? 中から取り出すって事ですか!?」
「ただの悪戯かも知れないからね。ちゃんと事実関係を確認しないと」
 マリオンは戦慄する。フラスコの中に居るのが何かは分からないが、それは少なくとも自分の知らない未知の生き物であるからだ。
 仕事として事実確認が重要な事は分かる。だが、理解の出来ない事で身の危険は犯したくない。その葛藤でマリオンはどうしたらいいのか分からずまごつき、ただエリックのする事を傍観するしかなかった。
 箱の中からフラスコを取り出す。そしてフラスコの口を塞ぐゴム栓が抜けるかどうか、その硬さを確かめてみる。しかしゴム栓はかなりきつめにはめられているらしく、エリックが捻ろうとしてもびくともしない。
「待ってくれ! 動かしちゃ駄目だ! それは、フラスコの中でしか生きられないんだ!」
 再び背後から聞こえてくる研究者の声。必死の訴えだったが、エリックは聞く耳を持たなかった。世間に知られても良いものか否か。重要なのはその一点である。どの道、危険なものであれば押収または破棄せねばならない。継続させるという選択肢は初めから無いのだ。