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「やーねー、またじゃない」
 朝の執務室。普段通り思い思いに過ごす特務監査室の面々の中、ルーシーは応接スペースのソファで新聞を読みながらそんな事を口にした。
「何かあったんですか?」
「通り魔だって、通り魔。今度は化学メーカーの社員だってさー」
「ああ、先週もありましたね。確か銃で殺されたとか?」
「そうそう。銃なんて軍属にしか出回ってないじゃないの。管理どーなってんですかねー、そこの元兵隊さん」
「俺は管理責任者じゃねーっての。でも、持ち出すなんてまあ不可能だと思うぜ。なんせ兵卒一人より銃一丁のが大事にされてんだぜ? 管理なんか滅茶苦茶厳しいだろうさ」
「でも実際銃で人が殺されてる事実はどう説明します?」
「それこそ俺は知らねーよ。密造でもしてるやつがいるのか、もっと上のやつがやらかしてるのか」
 ここ数日、聖都では連続殺人事件が起きている。被害者には共通点が無い事から通り魔的な犯行と思われているが、犯行に使われた凶器がいずれも銃であることから、世間では銃殺魔だと半ば面白おかしく騒がれている。銃の存在は知っていても、その危険性についてはまだ認知度が低いのだ。
 銃が普及し始めたのはここ十年以内で、ようやく先進国の軍隊の配備から終わったという程度だ。量産配備のネックになっているのは、銃の製造も難しいのだが、特に弾薬の調達についてはどの国も苦慮しているそうだ。弾薬の調合法は特に機密事項らしく、その材料も入手が困難としか知られていない。
 そんな国家レベルの貴重品であるはずの銃が流出し、通り魔的な犯罪に使われているのである。おそらく警察などの捜査機関も頭を痛めている事だろう。
「でも銃を持った人が、誰かを殺そうとして徘徊してるなんて怖いですね。私も流石に銃には勝てませんよ。剣とじゃ間合いが違い過ぎますから」
「それに犯人が本当に通り魔だったら、それこそいきなり撃たれる訳だからね。構える暇も無いことになりそうだなあ」
 通り魔なのであれば、自分も被害者になる可能性がある。もしもそうなったなら、自分で訳も分からない内に殺されてしまうのだろう。覚悟さえする事の出来ない唐突な死はあまりに恐ろしい。そうエリックは思う。
 そして午前が終わり、昼食を終えて残りの昼休みをのんびりと過ごしていた時だった。ラヴィニア室長が執務室に唐突に現れた。またいつものように、朝から直行でどこかへ外出していたらしかった。
「皆さん、お仕事です。例の連続殺人事件の事は知っていますね?」
 現れるなりそんな質問を投げ掛けるラヴィニア室長。
「ええ、まあ。新聞で読んだ範囲では。あまり大した事は書いてませんけど」
「それでいいの。内容が内容なので、今報道規制が掛けられているから」
 確かに、新聞には被害者と凶器に銃が使われた程度の情報しか掲載されていない。死亡推定時刻や状況などの情報も、これまで一度も出て来てはいなかった。
「それはつまり、ただの連続殺人ではないということでしょうか?」
「ええ。それも、私達向きの意味でね」
 まさか、オカルト事件ばかり扱う特務監査室に人間社会特有の殺人事件の案件などあるものだろうか? 直接的に人を殺すような事案など、これまでに数える程度しかなかったと言うのに。そうエリックは訝しんだ。
「それと今回は、ウォレンさんが重要になります。元軍属としての意見が」
「え、俺? っても、退役する時に機密保持誓約書かされてるんスけど」
「大丈夫よ。そこは知り合いの大佐殿に許可を戴いているから。事件捜査のための条件付きでね」
「はあ、そういう事なら。んじゃつまり、俺に銃の事について話せって事ですか?」
「そう。銃の特徴や扱い方、そういった事には詳しいでしょう? 実際に使ったこともあるのだから」
 ウォレンがあの銃を使った事がある。それを聞いたエリック達はいささか驚き声を漏らした。銃はどの国でも最新技術の象徴である。それを実際に触った事があるのはある種の羨望があった。
「訓練だけなんだがなあ。まあ、それでも役に立つならいいけどさ」
 ウォレンはいささか気まずそうな表情を浮かべる。自分が銃を撃った経験がある事をあまり知られたくはないという様子だった。
「それで早速なんだけれど、これから警察署に行って貰います。そこに今朝の事件の被害者の遺体が保管されています。既に検死は終わったそうなので、皆さんも確認して来て下さい」
 ラヴィニア室長の言葉に真っ先に反応したのはエリックだった。
「それは、僕らに遺体の状況を確認して来いという事ですか?」
「ええ、そうよ。不慣れとは思うけれど、銃を使った犯罪は聖都でも初めてだから、少しでも正確に状況を把握しておいて貰いたいの」
「プロが検死した後ですよね……?」
「あら、素人だからこそ気付く事もあるかも知れないわよ。とにかく、それくらいこの事件は厄介で、情報も少ないの」
 検死は医学的な専門知識のある人間が行うものである。それを果たして素人の自分が見様見真似でやった所で何が得られるというのか。そういった合理的な疑問もそうだが、何よりエリックの中で先立っているのは、単純な死体を見る事への生理的な嫌悪感だった。
 血なまぐさい事とは無縁の道を目指していたはずなのだが。どうしてこんな事になってしまったのか。エリックは改めてそう嘆かずにはいられなかった。