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「要するにだ、マッチロックって言われてる仕組みなんだよ銃ってのは。こう引き金を引くと火皿の弾薬に火縄が落ちてだな、弾薬が中の方まで予め入れておいてだな」
 移動中の車内で、ウォレンが銃についての説明をする。しかしそれは、決定的に言葉足らずであまり上手なものではなかった。エリックは何となしにウォレンの意図を汲んであげながら訳していく。
「それで内部に圧縮した火薬に引火して弾丸が飛び出すという事ですね」
「そうそう。だから火薬もちゃんと分量入れないとダメだし、固めないとなんかうまく飛ばなかったりなんだよなあ。俺はああいう細かいのは本当に苦手だわ」
「取り敢えず、殺傷力は当然高い訳ですよね。となると、後は射程と精度でしょうか」
「俺の腕じゃ論外だったが、上手い奴は四十メートル先は撃ち抜いてたぜ。練習すりゃもっといくかもな。ただ、火薬がもったいないからってあんまり使わせて貰えなかったんだよな。だから練習したくてもそんなに出来ねーのさ」
 四十メートルという距離は、確かに戦場で戦う時には有効なイニシアチブである。しかし、街中での通り魔殺人が目的の場合なら事情は変わる。撃つまでの準備もそうだが、何より相手に当てるためには非常に練習量を必要とする。雷声も撃つ格好も銃の持ち歩きすらも目立ち、目撃者も少なくはないだろう。ただ人を殺すには威力も過剰過ぎる。街中での銃はあまりに労力に見合わないのだ。
 犯人はわざと銃に注目されるようにしているのだろうか。もしそうなら、通り魔殺人とはまた別の目的があるように思える。
 やがて馬車が目的の警察署へ到着する。既に話は通っているらしく、すぐに地下の保管庫へ案内された。そこは隣が検死室と繋がっており、独特の色彩をしたタイルの雰囲気と不自然なほど臭う消毒薬が不気味さを感じさせた。
「こちらになります」
 ストレッチャーに乗せて運ばれて来た遺体。エリックは思わず背中を硬直させ緊張する。祖母の遺体と対面した事はあったが、赤の他人、それも殺された人の遺体を見るのは生まれて初めての事だった。そっと外していた視線を徐々に体の端から合わせていき、腕から体の方へ移していく。明らかに血の気を失った肌の色はエリックにはまるで作り物のように見えた。それほどに人間の遺体という物は現実味が無かったのだ。
「胸を一撃、か。しかもど真ん中か。狙ってやったなら相当な腕だな」
「あ、これって正面から撃たれてません? そんな事したら、普通は気付かれるんじゃないでしょうか。まさか、姿も見えないほど遠くから狙撃を?」
「そういや死亡推定時刻は真夜中ってあるな。場所は中央区の繁華街だから真っ暗って事はねえだろうが、流石に昼間よりは視界は悪いだろうな。射手の方こそ標的が見えねえんじゃねえの?」
 ウォレンとマリオンは受け取った捜査資料を片手に、淡々と遺体を見ながら所感を述べていく。エリックも自分だけ何もしない訳にはいかないと、勇気を持って遺体を直視する。
 遺体は三十代ほどの男性のようだった。身体的な特徴から、恐らく純粋なセディアランド人である。あまり筋肉質ではなく、デスクワークの多い仕事だろうか。肌の質感までは良く分からない。
 そして胸の銃創を見る。既に血は止まり黒ずんだ穴だけがぽっかりと開いている。ここに弾丸が着弾したのだろう。恐らく心臓も吹っ飛ぶような衝撃で即死に近かったに違いない。
「よう、エリック。お前はどう思うんだ?」
「ぼ、僕ですか? えっと」
 突然話を振られ、エリックは慌てて自分の捜査資料へ目を通す。
「犯人なんですけど、やっぱり狙撃じゃないかと思います」
「その根拠は?」
「資料には、これまでの被害者はみんな同じ箇所を撃たれたとあります。つまり犯人は適当な距離から当てずっぽうで撃ったのではなく、正確に胸を狙って撃っている可能性が高いです。ただ、もしそうだとすると、どうやって当てたのかが問題になって来ますね。目撃者によると、被害者は突然の銃声と共に後ろへ倒れたそうです。付近で犯人と思わしき人物も目撃されていません。犯人は絶対に当たるような距離まで近づいて銃を構えて撃った訳ではないという事ですね」
「人混みのある薄暗い真夜中の繁華街で、どうやって正確に離れた所の人間を狙撃したのか、って事か」
「ウォレンさん、それは可能なんでしょうか? 例えば、世界で一番の狙撃手が実際にやった可能性とか」
「いいや、無理だな。断言する。誰にも見られないような位置から視界の利かない時間帯に、正確に一発で胸を撃ち抜くなんざ人間業じゃねーよ。まだ銃自体の歴史が浅いしな」
「じゃあ、どうやって犯人は狙撃出来たんでしょうかね……」
 犯人の動機は分からないが、手口は推測出来た。しかしその手口は現実的には不可能に近い。にもかかわらず、現にこうして銃殺された遺体がある。これを解明出来なければ、また更なる被害者も増えかねない。どうにか答えに辿り着く必要がある。
「確かにこれ、うち向きの案件かも知れませんね」
「有り得ない狙撃って事ですよね。警察でも銃はまだ支給されてませんから、何とも方法までは想像がつきません。きっと捜査も進んでいないはずですよ」
 ただの銃撃事件なら、特務監査室の出番は無い。けれど、有り得ない出来事が起こってしまった。もしそこに超常現象が絡んでいるとしたら、何としてでも真相を突き止め世に広まる前に封印しなくてはいけない。
「ん? これは……」
 ふとエリックは銃創の周りに小さな痣のような不揃いの点が幾つか浮かんでいる事に気がついた。
「二人共、これを見て下さい。何でしょう、これ? 検死結果の資料には記入されていないようですが。痣のような火傷のような。何か一つ二つじゃありませんね。ウォレンさん、これは銃創の特徴なんですか?」
「いや……俺は知らないな。でも火傷っぽいな。なんでこんなところにつくんだ?」
 この中で唯一銃の知識を持つウォレンですら知らない。そうなると検死官にも良く分からない痕という事になる。
「検死官にもう少し聞いてみるのが良さそうですね。それに、もしかするとこれが犯行手口を解明するきっかけになるのかも」