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「エリック先輩、こっちです」
 運送会社で一度別れたウォレン達は、荷物を受け取ったケネスの後をつけ拠点まで突き止めに行った。その後を遅れて追うエリックは、聖都の東区にある団地の近くでマリオンと合流する。
「根城は見つかった?」
「まだウォレンさん達がつけています。でも、そろそろだと思いますよ。この辺りは空き部屋が多くて、いかがわしい場所ですから」
「つまり、弾薬の調合場所には困らないという事か」
 時刻は正午近く。既に日もすっかり上りきり、気温も暖かくなってきた。ケネスはあの荷物を抱えたまま、あの運送会社からここまで徒歩で来ている。思っていたよりも体力があるのと、乗合馬車などを使わないのは持っているのが臭う硫黄である事を余程知られたくないのだろう。
 付近は如何にも住宅ラッシュの時に建てられた古い団地ばかりが並んでいる。今はほとんどの人間が他へ引っ越したため、寂れた雰囲気は否めない。また、ざっと見ただけでもあまり管理されていない建物も珍しくはなかった。どうして地価の高い聖都にこんな無駄な建物が多いのか、その無計画さに苦しむ。
「ところでエリック先輩、根城を見つけたとしてどうします? 私、今日は小太刀しか持ってきてなくて」
「どの道、室内じゃ剣は使えないよ。それに相手は、おそらく携帯出来るサイズの銃を持ってるんだ、今の装備じゃ危険だろうし、そもそもそこは僕らの仕事じゃないよ」
「せっかくの手柄なのに国家安全委員会に譲るんですか? なんか……納得いかないなあ」
「元々彼らの情報でここまで来ているんだから。それに、うちらの部署は別に検挙数なんか関係ないからね。だったら、確実に安全に取り押さえてくれる所がやるべきだよ」
 警察出身のマリオンは、仕事に対して成果主義である。一方で特務監査室は検挙数の発表などする事は無いため、成果という括りとは無縁の組織だ。こういった場合は確実な手段を選択するが、マリオンはどうしても自分で挙げたいのが本音だろう。
 マリオンの案内により、通りの一角にある一際大きなマンションの下へやって来る。そこにはルーシーが壁にもたれて退屈そうにブラブラと足を振っていた。どうやらここがケネスが根城にしている建物のようである。
「やーっと来た。遅いよ」
「すみません、遅れました。ウォレンさんは?」
「先に行ったよ。私はエリック君達を待ってろって。部屋まで突き止めるつもりなんじゃない?」
 エリックに一抹の不安が過る。ウォレンは荒事には慣れているため万が一の事はないだろうが、ケネスが所有する銃はその万が一を招く危険性がある。一人で行くのはあまりに危険だ。
「追いましょう。何階に居るのか分かりますか?」
「目印残すって言ってたよ。ま、行けば分かるでしょー」
 階段を登り始めると、横の壁には先に進めと指示する矢印が描かれていた。おそらくウォレンが白墨で書き残していったのだろう。二階三階と同じ向きの矢印が続いたが、四階に来て矢印の向きが共用廊下側の方へ変わっていた。矢印の指示に従い、エリック達は息を潜めながら先へ進んでいく。やがて前方に目立たないよう屈んでいるウォレンの姿を発見した。エリック達は同じように屈みながらウォレンの元へ向かう。
「ケネスの部屋はここですか?」
「ああ、例の荷物抱えたまま中に入っていったのを確認してる。だが内側から鍵をかけてやがるから、強行突入はちょっと厳しいだろうな。ドアを破ってる間に銃を構えられちまう」
 ウォレンが示す先、ごく普通のアパートのドアで汚れや老朽化が目立っている。確かにこれなら力づくでも開けられそうだが、まず確実にケネスには迎え撃たれるだろう。武器は当然、密造銃だ。
「もう十分ですよ。これ以上の事は国家安全委員会に任せましょう」
「……まあ、そうするか」
 ウォレンも手柄を譲るという事にいささか不満そうではあったが、マリオンのように食い下がりはしなかった。銃の危険性を良く知っているからだろう。
 一旦庁舎へ戻り、国家安全委員会と情報共有をしよう。エリック達はこのままケネスに知られぬ内に立ち去ろうとする。しかし、
「もしもーし、警察ですけどー」
 三人はあまりに予想外の事に唖然とする。ルーシーが何を思ったのか、突然アパートのドアを叩き出したのだ。
「あの馬鹿!」
 血相を変えた三人は、まずウォレンがルーシーの襟首を掴み頭の上まで持ち上げると、揃って来た道を駆け戻り、階段の踊り場に身を屈めて潜んだ。そこからマリオンが顔を半分だけ慎重に出し様子を窺う。
「……どう?」
「今の所……動き無しですね」
 しかし、中にケネスがいる以上は確実に今の声が聞こえているはずである。宅配便の誤配などありえるはずもなく、その上自ら警察と名乗っているのだ。警戒をしていないはずがない。
「とりあえず、動きが無いか見張ってて。もし銃を持って出て来たらすぐ逃げるよ」
「はい、分かりました」
「さて……この、クソ馬鹿は……!」
 ウォレンは側のルーシーの頬をいつになく感情的に引っ張った。ルーシーはその手を勢いよく平手で叩き落とし、勢いをそのままウォレンの顎へ掌打を浴びせる。
「馬鹿はどっちよ! 犯人の居場所見つけたんだから、さっさと取っ捕まえればいいじゃない!」
「馬鹿はお前だ! 銃の怖さが未だに分かんねえのか!?」
 二人共珍しく非常に熱くなっている。ここまで感情的になるのは、やはり室長の件があるからだろう。エリックにはその心情は非常に良く分かるが、責任者の立場としてルーシーの案は受け入れられない。
「二人とも静かに。気持ちは分かりますが、特務監査室としてのやり方は変えません。室長も、自分が関わったからと例外など作りたがる人ではありませんから。それに、人員の安全を優先するべきです」
「だったら装備でも何でも揃えりゃいいじゃないの。鎧なり兜なりガチガチに固めてさ」
「いや、ですから、そもそも銃の破壊力にはそういう旧式の防具で太刀打ちが出来ない訳で―――」
 尚も食い下がるルーシーに、何とか納得させようとするエリック。そんな時だった。
 突然、周囲には建物ごと揺れ動くような爆音が響き渡り、強烈な乱気流がエリック達を襲った。