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 爆発事件から数日後。昼下がりの執務室に、外出していたウォレンが戻ってきた。手には雑貨店などで使われているような安い紙袋が携えられている。
「例のブツ、出来てたぞ。早速見てみようぜ」
 そう言ってウォレンは応接スペースのテーブルの上に袋の中身を取り出す。それは、木で出来た模型だった。だがそのデザインは、現存する如何なる機械や建物とも異なる異質な形状をしている。ただ、銃という物を知っている者にとっては何となく銃の一種だと思わせる形状でもあった。
「これが、事件に使われた銃ですか……」
「そのモックアップだな。弾は込められねえし、火薬も入れられねえ」
 現場近くで偶然回収した密造銃の設計図。それを特務監査室と繋がりのある技術者に極秘裏で解析を依頼し、モックアップで再現して貰ったものである。当然実際に弾丸を発射出来る代物ではなく、ほとんどが形だけである。
「こんな小さいのに、引き金一つで人が殺せるんですね……」
 マリオンは実際に手に取ってまじまじと見ていたが、すぐに表情をしかめてテーブルの上に戻した。それは何か忌まわしいものを触れるかのような嫌悪感に満ちた仕草だった。幾ら模型でも人の命を簡単に奪える武器なのだから、ごく普通の反応なのだろう。
「で、こんなの作ってどうするの? まさかセンパイの興味本位じゃないよねー」
 ルーシーは一通り見回した後、特に興味も無さそうに置く。ただし、彼女は元々本当の本音を表に出し難い性格であるため、この模型に対してどう思っているのかははっきりとは分からない。
「これはあくまで解析のついでだ。大事なのは例の設計図がどうかってとこだ」
「解析結果は出たの?」
「まあな。ただ……ちょっとな」
「ちょっと?」
 言い淀むウォレンに、エリックも聞き返す。
「実はこの設計図なんだが。仮に本物の材料を使って忠実に再現した所で、絶対に弾は撃てないそうなんだ。引き金はあるが構造的には装填された物をハンマーで叩くだけ。しかもそこへ火薬を流し込む口が無い」
「じゃあ、設計図は失敗作という事ですか?」
「いや。なんでもこの銃は、専用の弾丸を使う事を想定した設計らしいんだ」
「専用の弾丸ですか。例えば、火薬の要らないような?」
「そもそも発射構造自体の発想が別なんだろって事だ。だから実際に撃つとしたら、弾丸の設計図もなけりゃいけないって事さ」
 しかし弾丸の設計図は焼失してしまっている。となるとこの銃が実際に撃てる形で再現される事は簡単にはいかないだろう。
「とは言っても、世の中模型や設計図だけで使える弾丸を思いつくような人間が居ないとは限りませんから。これらは全て、隔離倉庫行きが妥当だと思います」
「確かにそうだな。才能あるやつが必ずしも世のために使うって限らねーし」
 これからは全世界的に銃の配備が加速していくのが主流になるだろう。だが少なくとも今の段階では、街中で持ち歩けるような小型の銃は存在するべきではない。血で血を洗うような、銃犯罪を銃でしか止められない世情は好ましくなく、社会もそれを常識として受け入れられる段階にはない。今は厳重に隔離しなくてはいけないのだ。
 銃の模型と設計図を袋の中にしまい込む。そして隔離手続きの申請書類を作ろうとした、まさにその時だった。
「失礼します」
 ノックの後にこちらの返事も待たず、一方的に執務室へ入ってきたのは国家安全委員会の分室長だった。先日会った時は肩書きと年齢なりに落ち着いた男性と感じたが、今の彼はやや焦っているような急ぎの印象を受けた。
「不躾で申し訳ない。至急お知らせしなければいけない事がありまして」
「どうかされたんですか?」
「先ほどラヴィニア室長が意識を取り戻したそうです。容態も安定し、今後は回復に向かう見込みとのこと。病院からも追って連絡が来るとは思いますが、とりあえず先んじて」
「ホント!? よし、早速行かなくちゃ!」
 真っ先に喜び勇んで飛び出していったのはルーシーだった。そしてその後を、一旦確認する視線を向けた後、マリオンが続いて出て行った。ルーシーは特に室長の事で気が立っていただけに、居ても立ってもいられなくなったのだろう。
「騒がしくて申し訳ありません……。わざわざありがとうございました」
「いえ。それにもう一つ、お知らせしたい事があります」
「何でしょうか?」
「先日御提供戴いた、キャンプ場での弾丸と被害者の遺体に残された弾丸は一致していました。やはり一連の被害者達とケネスが銃を密造したと見て間違いないようです」
「やはりそうでしたか。ケネスが生きていれば、裁判の物証として使えたんでしょうが……」
「まあ、そればかりは仕方ありません。それでは、私はこれで。ラヴィニア室長によろしくお伝え下さい」
 分室長は丁寧に一礼し、執務室を後にする。
「さーて、俺らもさっさとこれ片付けて様子見に行こうぜ」
「そうですね。あ、途中で果物でも買っていきますか。手ぶらでお見舞いは無いですからね」
 事件が一つ解決した。そう安堵する一方でエリックは、依然引っかかる事があった。それは、ケネスが何故ラヴィニア室長を襲ったのか、という事だ。
 決して偶然では有り得ない事である。明らかに特務監査室の人間と分かっていての犯行なのだ。ならば、誰か官吏の中に特務監査室を恨んだり害意を持つ人間がいるという事になるのだろうか。
 今はこれ以上考えても仕方のない事である。この件に関しては、今後慎重に対策を講じていかなければならない。それが室長補佐としての自分の責務である。そうエリックは、密かに深く決意するのだった。