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 翌朝の朝食の席。村長の屋敷には村長と同い年の妻、そしてサイモンの三人が住んでいる。二人はサイモンを村の救世主と呼ぶ一方で、どこか息子のように可愛がっている節もあった。やはり村人達と同様に、サイモンを信仰の対象として崇めている訳ではないようだった。
 食事を終えお茶を振る舞われる最中、エリックはおもむろに村長へ訊ねる。
「実は、釜と鍬の会という宗教団体がある事を聞いたのですが。それは、この村で活動を行っているのでしょうか?」
「釜と鍬……ああ、あれですか」
 一瞬きょとんとした表情を浮かべる村長だったが、すぐ何か心当たりのある素振りを見せた。
「いえ、私もあれには困っているんですよ」
「困っている? 何かあったのですか?」
「その釜と鍬の会、でしたか。この村の人間も何人か加わってはいるようですが、実のところほとんどの人間がどこの者とも知れない人間なのですよ」
「それはつまり、マテレア村とは無関係な組織という事ですか?」
「そうなんです、そうなんです。なのに、サイモンの事を無理やり自分達の教祖か何かに祭り上げようとして。本当に迷惑な話なんですよ」
 釜と鍬の会は、サイモンを信仰の対象とした宗教団体という認識だった。しかし、そもそもこの村とは無関係な組織であり、サイモンを無理やり加えようとしているという事だろう。
「嘘でも構わないから、とにかく救世主サイモンが会の長だと喧伝して、信者を獲得しようという魂胆なんですね」
「本当にたちの悪い連中でして。ですから、サイモンの事は正確に記事に書いて広めて欲しいのですよ」
「なるほど。確かに我々としても、いい加減な記事は書きたくはありませんからね。そこはちゃんとお約束いたしますよ。ちなみに、釜と鍬の会はどこが運営しているのか御存知ですか? そちらも取材したいと思っているのですが」
「さあ、そこまでは。ですが、おそらく近隣の村のどれかでしょう。みんなサイモンの力が欲しくて、勝手に自分のとこの村人だと騒ぐこともありますから」
 サイモンの救世主としての力は、近隣の村々で取り合いになるほどのものだという事か。
 これだけの大の大人を振り回すのだから、サイモンの救世主としての力というものは嘘やでたらめではなく、はっきり目に見える形で効果を発揮するほどのものなのだろう。しかしそのせいで揉め事が起こってしまっているため、サイモンはその原因である自身の力を不本意なものと考えているのだ。
「あの、サイモンさん。あなたは具体的にどういった力があるのでしょうか? あまりみせびらかすようなものでは無いとは思いますが、実際に自分の目で見ておきたくて」
 そうエリックは駄目元でサイモンに頼んでみる。すると、
「構いませんよ。本当に大したものではありませんけれど」
 サイモンの返答はやや遠慮がちに聞こえるものだった。それは謙遜しているからなのだろうか。
「いやいや! 大したものなんですよ!」
 突然と声を張った割って入ったのは村長だった。
「例えば、ほら。ここに来る途中に、大きな井戸があったでしょう? 今でこそ村の生活ばかりか畑を支えるほどの水が出てますがね、元々はただの涸れ井戸だったんですよ。それがサイモンがちょっと石を放り込んだらこの通り! こんな奇跡がありますか!」
「いえ、だからあれは単に深さが気になってやってみただけなんですって、本当に」
「しかし、村人の誰がやってもああはならなかった。ならば奇跡でしょうに!」
 いささか二人の認識には食い違いがあるようだ。村長は起こるべくして起こったと言うが、サイモンにはそんな意図は全く無かったようである。
 彼は、自ら救世主として振る舞っている訳ではないのだろうか?
 ふとエリックの脳裏にそんな疑問が浮かんだ。サイモンは自分に何かしら普通ではない力が備わっている自覚はあるようだが、同時にそれがここまで騒がれるほど大それたものではないとも思っている。しかし周囲はそうはいかない。サイモンの思惑を超えて過大評価している。この温度差に戸惑わされているのだろう。
 正確に状況を計るには、サイモンの力の程度を調べる必要がある。それも村人達の居ない場でだ。こちらが危惧するほどのものでなければ良し、万が一そうでなければ、かなり難しい交渉を迫られる事になるだろう。
 すぐにでもサイモンとだけで話をする時間が取れないだろうか。そう算段を練り始めた時だった。
「村長! 大変だ! またあいつらだ!」
 突然なだれ込んで来た一人の男。彼は血相を変え、息を切らせながら必死で訴えかけて来た。
「何だと!? またか!」
「今、村のもんで入り口で押さえてるが、今にも入り込んで来そうでさ!」
 一体何が起こったのか。呆気に取られているエリックとマリオンを余所に、村長と男は屋敷を飛び出していった。