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 エリックの言葉の直後、ルーシーとマリオン、そしてメイジーまでもが同時にエリックの方を見た。その表情はいずれも無表情ではあったが、眼差しが異様に冷たかった。
「まったく、これだから。ごめんねー、デリカシーがなくて。ホント、男っていつもそうなの」
 ルーシーがエリックにわざと聞かせるような辛辣な口調でメイジーに謝る。
 エリックは三人の予想外な態度に困惑していた。自今の分の発言はそこまで礼を失していたのか、先ほどまでの会話とで一体何が違うのか全く分からなかった。
「だから、前から言ってるだろ。ちゃんと女遊びもしとかねーと、今みたいに価値観の違いに振り回されるんだって」
 困惑するエリックにそうウォレンが囁く。そこまで価値観が異なるものなのか。そうエリックはただただうなだれるしか無かった。
「あの……分かりました。多分ですけど、心当たりについてお話いたします。その、今の方がおっしゃった通り、就職の失敗がきっかけのような気がしているので」
「無理しなくていいのよ?」
「大丈夫です、話せます」
 一転して自分は嫌われ役になってしまったが、メイジーが話し出すきっかけになったのであれば、それはそれでよしとしよう。エリックは、ここからは努めて黙って聞き役に徹する事にする。
「私が受けた試験は、幾つかの会社が合同で行ったコンペ形式のものでした。この選考まで残った受験者が、あらかじめ決められたお題に沿ったデザインを提出します。ただその時は少し形式が変わっていました。試験当日に受験者と各社の選考役が集まり、その場でデザインの発表と採用結果が下されるのです。あなたはうちの会社が欲しいとか、そういった形式ですね。私はほとんど寝ずに試行錯誤して仕上げたデザインを持って行きました。しかし……残念な事に私はどこからも手が挙がりませんでした。それだけでなく、受験者で採用されなかったのは私だけでした。私のデザインはかなり辛辣な評価を下され……何というか、本当にショックでした。今となっては、多分このことが原因なのかもと思うのです」
「その辛い出来事が、未だストレスに感じるからでしょうか?」
「もしかすると、ですけれど。私は本当に消え入りたいほど恥ずかしくて悔しくて、情けないやら腹が立つやら、とにかくあれほど強い感情を抱いたのは初めてでしたから」
 ルーシーの言う通りストレスが特殊な症状を引き起こす事があるのだとしたら、この出来事がきっかけという事だろうか。
 そう仮定して、ではどうすれば未だ引き摺るこのストレスを解消出来るのか。希望する会社のデザイナーに何らかの方法でねじ込むのはまず不可能だろう。それに実力がそもそも伴っていないのなら、ねじ込んだ所でかえって辛い思いをするだけである。辛い思いをさせた関係者への復讐など論外であり、別のストレス解消法を模索するにもそれで解決するならば最初から特務監査室を頼るような事態にはならない。
 何かメイジーの心理的負担を減らす方々は無いだろうか。様々な案を考えてみたが、エリックはそれを口には出来なかった。それでまた女性陣の顰蹙を買うような事態は招きたくなかったからだ。
 そんな中で最初の提案をしてきたのは、意外にもこの件に乗り気ではなかったように見えたウォレンだった。
「昔の嫌な事なんざ、どうやったって忘れる事はできねーんだ。だったらいっそ、現状に折り合いつけた方が良くねーか?」
 ウォレンの言葉に、ルーシーは露骨に眉をひそめて見せる。
「まーた先輩が変なこと言い出した。それが出来ないからこんなことになってんでしょーが」
「まだ試してないことがあるだろう」
「何の事です?」
「だから、そもそもの目的ってのが彼氏と結婚したいって事だろ? だったら、結婚の手続きはもういっそ諦めて、事実婚にしちまえばいいだろ。実はこういう体質で手続きは出来ないけど結婚はしたいって、素直に打ち明ければ良いんだよ彼氏にさ」
「そんなの無理です! 気持ち悪がられて、嫌われてしまうかも!」
「どの道、返事を保留のまま引き延ばしてたら、相手の気持ちも冷めて離れちまうぞ。だったら、そういう部分も受け入れてくれる事を信じて挑戦した方がいいだろ。何もしないなら破局すんのは確定なんだぞ」
 ウォレンの提案は明らかに問題の解決を放棄したものである。暴論に近いかも知れない。しかし、妥協点という意味では現実的とも言える。
「どうする? 女にモテない脳みそ筋肉の提案だけど、試してみる?」
 メイジーは、この奇妙な症状を恋人にバレない内に治してしまいたかったのだろうが、早期解決は難しく妥協案が現実的である現状をすぐには飲み込めずにいた。本人の一生を左右しかねない重要な判断である。軽々しく決める事は出来ないだろう。
 しばしうつむき加減で黙ったまま考え込むメイジーだったが、やがて決断を下したらしく、キッと顔を上げた。
「……やってみます。どの道、もうこれ以上は先延ばし出来ませんから」