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 ルーシーの鋭い質問に、あんなに喋り倒していた依頼主は突然とおとなしくなった。その反応はもはやルーシーの質問を肯定しているのに等しいものだ。
「ルーシー先輩、善神の方だけじゃ駄目なんですか? 相殺されない分、良い事が沢山起こるって事ですよね? それはそれで良い事なのでは?」
「これはそんな簡単なモンじゃないのよマリオン。で、どうなの? どんな御利益があった?」
 何もかもルーシーには見透かされている。そんな事を思い観念したのか、依頼主は今度は静かに落ち着いた口調で話し始めた。
「……ありました。あれから急にお金が入るようになって。仕事も辞めて、旦那と中央区に大きな屋敷を即金で買って。それでもまだまだお金が入ってくるから、とにかく欲しい物を買ったりして……」
 金回りが良くなるのは、何とも分かりやすい御利益だ。だが、それを負担に思う何かが依頼主にはあるのだろう。
「一生お金には苦労しないな、と思っていました。ですが……まずは旦那がありったけのお金を持って行方を眩ませました。どうやら若い愛人がいたらしく、二人でどこかへ行ってしまったようです。でもお金は入り続けるので生活には困っていなかったのですが、ある日使用人が私の私物をこっそり盗んでいるのを見てしまって。しかもそれは一人二人じゃなく、宿ったほとんどの使用人です。とても耐えられなくて全員を解雇したんですが、今度は強盗に襲われ屋敷中の金品を奪われました。そしてまたお金が入ってくると、今度は税務署の人間が頻繁に来るようになって。そのせいで近所ではあらぬ噂をされるようになって。最近では、どこで噂を聞きつけたのか見知らぬ親戚が何度も入れ替わり立ち替わりお金の無心に来ます。他にも怪しい団体の寄付やら勧誘やら。それでもう、私はこんな生活は耐えられないって思って……!」
「生活が滅茶苦茶になってしまった、そもそもの原因であるこの人形をどうにかしたいって事ね」
「そうなんです! だっておかしいでしょ!? 幸運の神様だっていうのに、不幸になる一方じゃないですか! 幾らお金に困らないからってこんな仕打ちはありませんよ!」
「そもそも原因は、アンタが自分で良く分からないのに盗んで来たからでしょうが。この状況はそもそもアンタが自分で招いたのよ」
 そうルーシーに両断された依頼主は、反論の言葉を続けられなかった。ルーシーの言う通り、この人形は本当に盗品なのだろう。自分の盗みが原因なら、もはや開き直ったところでどうにもならない。
「ルーシーさん、具体的な解決方法としてはまず、この人形が盗品なら持ち主の元へ返却するで良いでしょうか?」
「さーてね。盗んだ物を返すのは良いんだけれど、この人形、どうも素人さんが作ったものじゃないみたいだし。名のある神官か祈祷師か、とにかく徳の高い人みたいね」
「その分、効果が強いと?」
「人形が意志を持つくらいね。だから幾ら捨てられても戻って来てるのよ。もっとも、元居た場所に帰らないのは、この人形に気に入られたって事でしょうね。返却した所で、御利益が止むかどうか保証は無いの」
「止めさせられないんですか? 意志を持つなら交渉も出来そうなものですけど」
「これだけ露骨な御利益があるって事は、この人形に宿った神様もハンパないって事。話を聞いて貰うのは厳しいと思うなあ」
 それはまるで、所謂悪霊の類と同じではないか。そうエリックは思った。幸運とはまるで真逆である。以前ルーシーが、神様はいちいち人間一人一人の都合なんか考えない、と話していた事を思い出す。つまり神とは、例え幸運の神であっても、必ずしも人にとって良く作用するとは限らないのだ。非常に独善的な存在なのである。
「おう、閃いたぞ! おい、ルーシーよう。だったら悪神とやらの人形を新たに作ればいいんじゃね? そうすりゃ御利益を相殺して穏やかに出来るんだろ?」
 不意にウォレンが、名案を閃いたかのように意気揚々と提案をしてくる。しかし、
「あーそれは無理。そもそも同じ神様の二面性を表している訳だから、どちらか片方だけ作る事は出来ないの。神様を降ろして二つに分けて宿らせたって言えば先輩でも分かるかな?」
「何だよ、互換性が無えって事かよ」
「有り体に言えばねー」
 その手段もありかと思ったが、ルーシーは意味が無いと否定してしまう。神様を分けるという感覚は未だエリックにも理解が出来ず知識としてしか知らないが、ひとまず後付けで悪神の人形を作る意味がない事は分かった。
「となると、何か取り得る手段はありますか?」
「とにかくダメ元で、盗んで来た所に返すのは試してみようか。もしもそれで収まってくれるならいいんだけれど、後は元の持ち主に相談して対策を検討してみるしかないかな」
 自信なさそうに話すルーシーに、依頼主は一層不安気な表情をする。唯一頼れそうな特務監査室でも確実にどうにかしてくれる保証が無いのだ。それでも依頼主には、他に頼れる所が無く特務監査室に縋るしかない。そういった市民の不安を取り除くのもまた、特務監査室の大事な務めであるから諦める訳にはいかない。