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「ありがとうございます、ありがとうございます! 本当に助かりました!」
 依頼主はそう何度も何度もお礼の言葉を繰り返す。彼女の身に起こっていた不自然な出来事、異様なほど金が入ってくるという現象はぴたりと止んでしまったとの事だった。どうやらエリック達がエルバドールの寺院を訪れ、正式に人形を譲り受けた事で収まったようなのである。その事が神様にとってどう受け取られたのかは分からないが、ともかく事態はこれで収拾した事になる。
「まあ、感謝をするのはいいけどさ。これに懲りたら、二度とあんな真似はしない事ね。悪い事をしたら報いを受ける、どんな国でも同じことなんだから」
「大丈夫です! もう二度としません! ちゃんとお金を出して買いますよ、今はそれくらいのお金がありますから」
「本当に分かってるんだか。ま、次は何かあっても必ずウチらが助けてくれるとは思わない事ね。本業はあくまで、ああいった物を回収する事だから。小悪党の面倒までいちいち見てられないの」
 恐ろしく突き放すような口調のルーシーに対し、流石に依頼主はいささかムッとした表情をする。けれど、ルーシーと言い合うのは分が悪いと感じているのか、言い返すような事はしなかった。
 元はと言えば、彼女が寺院で物を盗むなどという不敬極まりない事をしなければ、こんな事態にならずに済んだのだ。そこについての反省はしているのだろうか。エリックもルーシーと同様に、依頼主の態度を疑わしく感じていた。
 依頼主が帰った後、エリックは今回の報告書を仕上げる。物を盗み罰を受ける、これと同じパターンの事件は意外と過去にも多い。その数は、今更こんな報告書を新たに積み上げる必要性を感じないほどである。盗みのような万国共通の悪事を、どうして人は止められないのか。いっそ、この手の事件の事を一般に公開して抑止力にしたらどうか。依頼主の不貞腐れた顔とエルバドールの老僧の穏やかな顔が交互にちらつき、ついそんな事を思ってしまう。
「エリック先輩、そろそろ一息入れませんか? お茶を用意しましたよ」
「ああ、そうするよ」
 マリオンが用意したお茶を飲み、ルーシーが配ったエルバドール土産のお菓子を食べる。エルバドールのお菓子はセディアランドとは違い、何か香辛料が使われているのか独特の風味があった。地続きの国でもお菓子一つでこんなに違うものなのかと感心してしまう。
「しかし、実際に御利益のある神様の人形とはなあ。善神の方、あれだけちょっとばかり借りて、一財産築けねえかなあ」
「別にそれはウォレンさんの自由ですけど、確実に身を破滅させますよ。あの依頼主を見て、自分だけは上手くやれるって思ってないでしょうね」
「いやいや、ちょっとだけなら大丈夫だろ。いや、ホントに。俺、あそこまで頭悪くねーもん」
「駄目です。本当にちょっとで済ませてくれるのか、人形側の都合が分からないんですから。それに、お金絡みのオカルトは今までも絶対にろくな事にならなかったじゃないですか」
「相変わらずお前は硬ぇなあ。無欲って言うか悟りを開いてんぞ」
「無欲で破滅した人は古今東西聞いたことがありませんから、良い事ですね」
 相変わらずウォレンは即物的で、曰く付きの品物を上手に利用するなどとうそぶくのもどこまで本気かは分からない。特務監査室の規則を破るような事はしないだろうが、世間には同じ考え方の人間は大勢いるだろうから、あの人形は決して世に出してはいけないものだ。
「ところで、エリック先輩。あの人形はやっぱり倉庫へ封印するんですか?」
「そうだね、既に問題を起こした実績がある以上は隔離するべきだから。なのでもう、昨日の内に預けておいたよ」
「昨日? え、じゃあそれは?」
 不思議そうな顔でマリオンが指差した先、そのエリックの机の上には、いつの間にかあの二対の人形が並んで佇んでいた。
「……あれ?」
 朝来た時には、いやつい今し方まではそんなものは無かった。机の上は常に整理整頓しているから、変化に気付かないはずはない。一度封印したものは滅多な事では外には出さない。にもかかわらず、現に人形はここに存在している。
「おいおい、何だよ。寝ぼけてたのか? 倉庫に仕舞われてねーじゃん」
「いや、そんなはずは……」
 自分は確かに預けて来た。間違いなく。その一部始終の記憶もはっきり残っている。保管記録も間違いなく記入したのだ。
 それなのに、これは。一体どういうことなのか。
「あー、やっぱりかあ」
 すると、ルーシーがまるで予想していたかのように口を開く。
「やっぱりって?」
「エリック君、なーんか好かれそうって思ってたんだよね。神様って昔から無欲な人間が好きだから」
「それは、強欲は身を滅ぼすという教訓を込めた御伽噺ではないんですか?」
「エルバドールではどっちの意味もあるの。ま、神様に気に入られるなんて滅多に無い事だからね。そのまましたいようにさせておいたら?」
「したいようにって……」
 まるで拾ってきた犬猫に懐かれたかのような言い草である。今後、どこに置いて行こうとこの二対の人形は自分の傍を離れないのだろうか。それは単に、あの依頼主と立場が入れ替わってしまっただけのように思えてならない。
 何にせよ、封印出来ず自分に付きまとってくるのであれば、自分自身の管理下で厳重に管理しなければならない。持ち運べる大きさではあるが、その御利益はあまりに重い
「一応。くれぐれも無断で持ち出さないようにお願いしますね、ウォレンさん」
「いや、マジでやらねーよ。勝手に付きまとってくる人形とか、気持ち悪くて流石に引くわー」