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都立東区刑務所。ここを訪れたのは、実に一年ぶりになるだろうか。エリックは懐かしさと、自分には一生縁は無いだろうと思っていた刑務所へまた入る事になった身の上とで、朝から複雑な心境だった。
 職員の専用口から入り、ゲストとしての入所手続きを取って面会室へと向かう。今回の目的は、ここに服役している一人の受刑者に聴取を行うためである。
 通された面会室は、部屋を天井から床まである大きな鉄板で二等分に区切られ、中央に顔より一回り大きい程度の穴が空けられている。しかしそこは細い鉄格子に塞がれているため、当然人間が通る事は出来ない。更に、双方に武装した刑務官が待機しているため、やり取りや会話も全て筒抜けになる。ここでは受刑者と面会者の両方が監視されるのだ。
「私、実は東区の刑務所って初めてなんです。中央区の次に厳重って聞いたんですけど、本当なんですね」
 そうマリオンは物珍しそうに面会室を見回す。元警察官のマリオンは、職業柄こういった所へ捜査の一環として立ち入る事もあるだろうが、そんな彼女にとってもここは珍しく見えるらしい。
「囚人番号2943は、立件されただけでも三件の強盗及び強盗致傷を起こしてるからね。死刑にならなかったのが不思議なくらいだよ。収監されるのもこういう所が妥当さ」
「四桁の囚人番号って、確か第二級以上の犯罪で死刑にならなかった受刑者でしたね。素直に話してくれるでしょうか?」
「分からない。僕もすんなり進むとは思っていないけれど、出来れば手ぶらでは帰りたくないね」
 今回は囚人番号2943に関係する事件の捜査である。凶悪犯との面会は初めてではなかったが、正直なところエリックは彼らのような人種があまり得意ではなかった。凶悪犯と呼ばれる彼らは、何故かいずれも揃って気味の悪い空気を発していて、そこに触れるたびに息苦しさを感じるからだ。心理的な錯覚かも知れないか、自覚しても消えない錯覚はもはや存在しているのと同じである。
 程なくして反対側に一人の青年が連行されて来た。腕は重りのついた鎖で繋がれており、足にも同じ重りがつけられているらしい引き摺るような歩き方をしている。
 量刑の決まった受刑者は得てしてふてぶてしい態度を取る。特に刑の重い者に多い傾向にある。人生を諦めたか開き直っているかのどちらかだが、囚人番号2943はうつむき加減に唇を震わせ、酷く落ち込んだような表情を見せていた。おそらくあの事件の内容は彼に伝えられているからだろう。
「特務監査室の者です。事件の事は既に?」
「ああ……聞いてる。クソッ、一体どうして、なんでこんな事に……」
「今、警察では他殺と自殺の両方の面から捜査しています。捜査状況をお伝えする事は出来ませんが、いずれ公式な発表があれば、こちらにも届くはずです」
「他殺と自殺、か。本当にそんな必要あるのか?」
「……と、言いますと?」
「発見当時の状況を聞かされてる。あんな状況で自殺なんて可能性はあるのか? それとも、俺のような犯罪者がいるから自殺の方法も普通じゃないってのか?」
 囚人番号2943の言う事件。それは、先日起こった彼の家族が変死した事件の事である。
 彼の妻と従姉妹は、互いに心臓を刃物で貫き合って死亡した。正確に心臓を貫き合うのは専門知識でも無ければ不可能であり、心中にしてはあまりに高度な技術を要するため、自殺の線が薄いと思われている。そして彼の三歳になる息子は、そのすぐ傍で遺体で見つかった。死因は全身打撲だが、奇妙な事に打撲痕は体の正面側に集中していた。損傷が激しく、まるで高所から墜落死したような状態だったそうだ。
 これらの、他殺にしても自殺にしてもあまりに不自然な現場の状態から、特務監査室に声が掛かったのである。
「あなたは立件されただけでも三件の強盗事件を起こしています。しかしいずれも貴重品や貴金属を強奪している。これは、あなたには行きつけの故買屋があるからですね?」
「……知ってるだろ。裁判記録を見ろよ」
「知りたいのはそこではありません。あなたは供述した以外にも何か故買屋へ売っていないか、という事です。無論、ここでの証言は公式な記録には残しません。あなたの量刑が増やされる等はありませんよ。むしろ、減刑になる可能性も」
「いらねーよ。家族はみんな死んじまったんだ。今更シャバに未練はねえ」
「これが他殺だった場合、同様の事件が再び起こる可能性があります。いえ、それ以上に。あなたは、犯人が悠々と社会で生きている事には憤りは感じませんか?」
 復讐心を煽るような物言いはあまり好きではない。特に、相手が復讐など考えていないような場合には尚更である。しかし、彼が持っているはずの情報はどうしても必要だった。彼が行きつけにしている故買屋を調べるのに捜査令状を都合して貰うような事態は、秘匿を常とする特務監査室にとってはあまり都合が良くないのである。
「……一つ、強く印象に残ってる、売りさばいた物がある」
「それは何でしょう?」
「本だ。やたら装丁の豪華な古い本だったからな、アンティークとして高値で売れると思ったんだ。実際そこそこの金になった。何でも活版印刷じゃなく、写本の時代に作られた物の完品だったんだと」