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 今回の仕事は児童相談所からの依頼だった。ある幼児について職員が対応に困っており、特務監査室の力を貸して欲しいという事だった。
 エリックはマリオンと共に児童相談所へと向かう。ウォレンは風貌があまり子供ウケが良くないこと、ルーシーは平然とガキは嫌いと言い放つため、この二人で対応する事になったのだが。エリックも子供の扱いに自信がある訳ではない。うまく対応が出来るかどうか、今から既に不安でならなかった。
 児童相談所は各区に幾つか設けられているが、今回は東区にある東区第二児童相談所と呼ばれる部署になる。約束の時間に入ると、すぐに受付から職員用のエリアを通った一室へ案内された。本件の担当職員は特務監査室が応じてくれた事に感謝しつつ、早速本題の説明を始めた。
「今回お願いしたいのは、こちらのラーフという子についてです」
 渡されたのは、ラーフという幼児についての経歴や調書をまとめた書類だった。
「ラーフは東区第七通り沿いの一軒家に住み、家族は父親母親の三人です。年齢は今年で五歳、性格は朗らかで愛想も良く、読書が趣味。対象年齢がやや高めの本を読み始めています。来年から区立の学校へ通うのですが、果たしてこのまま通わせて良いものか。ラーフにはある深刻な問題がありまして、それについて特務監査室さんに調査をお願いしたいのです」
「問題とはどういったものでしょう?」
「実はラーフには、非行癖とでも呼びましょうか、あまり素行が宜しくないのです。これまでに器物破損を七回、傷害事件を四回も起こしています。年齢が年齢ですので起訴される事はありませんが、ただ我々児童相談所でもここまでの経歴の子供は前代未聞でして」
「僅か五歳で、それだけの犯罪歴を……? いや、確かに凄まじいですが」
 著しい不良少年、と言ってしまえばそれだけである。わざわざ特務監査室が対応すべき事件では無いのではないか。そうエリックは思った。
「いえ、これらはまだ前提です。ラーフは、そもそも普段は年齢なりの振る舞いをする、極普通の子供です。至って変わった所はありませんでした。しかし何かの拍子に突然と、まるで取り憑かれたように異常な行動に出てしまうそうです。平然と物を壊したり人を傷つけたり、それが大人に知れて幾ら叱られても全く悪びれません。そして決まってこう言います。全部悪霊がやった、全部悪霊のせい、と」
「子供にありがちな虚言ですね。問題を起こしては、悪霊のせいにして言い訳し罰から逃れようという魂胆でしょう」
「それだけなら、まだ良いのです。嘘で逃れようとするのはほとんどの子供がしますから。ラーフの問題は、非行の程度と頻度です。傷害事件と言っても、手で殴った足で蹴ったでは済みません。金属の棒で人の頭を後ろから殴るなんて当たり前です。他にも他人の家や公共のガラスを割り回ったり、挙げ句の果てには小火騒ぎまで起こしました。まだ学校にも通っていない子供がですよ? これはもう普通ではありません。説教だとかお仕置きだとか、そういった教育で対応出来る度を超えています。それに、つい先日です。最も恐れていた、取り返しのつかない事を起こしてしまって」
「それは何でしょうか?」
「殺人未遂です。被害者はラーフの父親で、現在は病院へ入院中ですが未だ意識が戻っていません。現場には瀕死の父親とニタニタ笑うラーフだけがいたそうで。そしてやはり、悪霊がやった、の一点張りです」
「警察の見解は? まさか、本当にラーフがやった訳ではありませんよね」
「現在は捜査途中なので、あまり詳しくは教えられていません。警察も本当に子供がやったとは信じていないようで、そのせいで手掛かりが見つからず捜査が進んでいないのかも知れません」
 状況は概ね理解出来た。ラーフという幼児の異常な暴力性と、決まって口にする悪霊の仕業、それらの矯正が児童相談所では手に負えないレベルに来ているという事である。
 特務監査室では、幼児教育の専門知識は持ち合わせていない。由々しき事態ではあるが、特務監査室に出来る事はオカルト現象の対応に限られている。この件は、ラーフという幼児の異常さの原因を探る事にあるだろうが、幼児教育の専門家が匙を投げている状態で一体どんなアプローチが出来るだろうか。
「本当に、あんな幼い子供にこんな恐ろしい事が出来るものなのでしょうか? 私はもう、本当に悪魔が取り憑いているのではないかと、そんな戯言を信じてしまいたくなるくらいで」
「悪魔なんていませんよ、しっかりして下さい。取りあえず、我々も出来る限り調査はいたします。ただし最優先するのは、こういった特殊な児童が存在するという事実を、世間に広めないようにする事です。根本的な解決は、申し訳ありませんがあまり期待しないで下さい」
「はい、それでも構いません。どうか、宜しくお願いします」