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 一次調査の報告を上げた翌日、エリックは突然とラヴィニア室長から調査の打ち切りを告げられる。それは、昨夜ラーフの身柄を国家安全委員会が引き取ったためだった。
「国家安全委員会って……ラーフの処遇はどうなるのでしょうか?」
「私も詳細を教えて貰ってはいないのだけれど。少なくとも、超法規的な扱いにはなるでしょうね」
「それはつまり、本来なら児童福祉法に抵触するような事でしょうか」
「堂々と身柄預かりの事を事後で伝えて来る辺り、そう思われても構わないという事でしょうね」
 国家安全委員会は、聖都のみならずセディアランド全体に影響を及ぼすようなあらゆる危険について対処するのが役目である。そのため通常の公務員とは切り離された部分があり、時には違法な対応や特例措置を行う事があるという。今回もそういった対応を行ったという事だ。
「国家安全委員会がそこまでする必要が、ラーフにはあったという事でしょうか。自分は、流石にそこまでとは思えないのですが……」
 ラーフの素行の悪さは、同年代と比較しても抜きん出ている。同じ五歳児が単純な嘘や取っ組み合いをする感覚で、大人を撹乱し凶器とトリックを使って殺人を実行するのがラーフである。確かにその事が世間に報じられれば反響は非常に大きいだろう。けれど、それだけである。ラーフの存在は国体を揺るがすほど大きくは無い。ただ頭が良く倫理観のない子供がいるというだけなのだ。国家安全委員会がわざわざ出張る程とは到底思えない。
「なあ、室長。もしかして、うちが出し抜かれたんじゃねーの?」
 不意にそんな事を言い出したウォレン。その口調には僅かな苛立ちが込められていた。
「俺らの最初の調査報告を上げたのが昨日、国家安全委員会がラーフのガラ押さえたのが今日。報告書が連中に漏れたとしても、昨日の今日では幾ら何でも動きが早過ぎるぜ。これはむしろ、遅くとも俺らが動き出すのと同時に、ガラ押さえるのに動いてたと見るべきだ」
「国家安全委員会がうちの動きを知らないはずは無いですよね。それなのに黙って身柄を押さえたという事ですか? 報告も事後で良いとして」
「タイミングを見る限りではな」
 確かに、調査結果だけを見て動き出すには幾ら何でも期間が無さ過ぎる。これはむしろ前々から計画がされていたと考えるのが自然だ。
「えー? それじゃあ国家安全委員会、うちにケンカふっかけて来てんじゃない。強権使ってこっちが優先だってやるならやるで、一言断っとくのが筋でしょうが」
 大きな声で不満混じりに言うルーシー。
「ルーシーさん、流石に声は抑えて下さい。万が一聞かれでもしたら事ですよ」
「それを期待してるんですう。ってかエリック君も何へらへらしてんの。仕事途中で邪魔されてんのに」
「いや、してませんてば」
 苛立ちを露わにするウォレンやルーシーは非常に珍しい。仕事の内容よりも面子を潰されたと感じたことが理由なのかも知れないが、確かに特務監査室と国家安全委員会の関係を考えれば、今回の対応は無下である事を否定出来ない。何かしら悪意があるのではないか、そう勘繰ってしまう。
「そういう訳で。特務監査室として彼の件は終了という形になりますが、もう少し詳細は押さえておきましょうか」
 そう言ってラヴィニア室長は、一通の封筒を取り出した。
「国家安全委員会の、ラーフとの面談についての所感です」
「え? だって身柄を預かったのは昨夜の話じゃ……」
「何も、出し抜く準備をしているのは、国家安全委員会だけではないという事です。もっとも、これは非公式の情報ですから他言は無用にお願いします」
 つまり、国家安全委員会側には特務監査室の協力者がいるという事だろうか。ラヴィニア室長の人脈は頼もしく思うものの、あまりに広くて多岐に渡り過ぎるため底知れなさがある。
「何だよ、これ使ってお前のとこウチのスパイいるぞってからかって駄目なのかよ」
「そういった挑発は特に慎んで下さいね。肝心のスパイが今後使えなくなっては元も子もありませんから」
 ウォレンとルーシーは不満そうではあったが、一応の了承の返事はした。二人とも、室長補佐であるエリックの言うことにはあまり従順ではないが、ラヴィニア室長の言う事には必ず従う。やはり人徳の差が大きい、そう内心嘆かずにはいられないエリックだった。
「ところで、国家安全委員会はどうしてラーフの身柄を必要としたのでしょうか? 所感によると、国家安全保証上の脅威と見做したためとありますが。こんなの建て前ですよね」
「接見でも悪霊の話をしたようですが、取り合ってはいないようです。もっとも、見方によっては落ち着く所へ落ち着いたとも取れますが」
「どういうことでしょうか?」
「ラーフの矯正には現行の法律では限界があるという事です。彼の中の悪霊、要するに矯正の難しい悪意を持ったまま心身が成長する前に、非人道的でも何らかの管理が必要という事です。これは、我々が非科学的な何かを管理する事の同等の処置、と言って納得して貰えれば良いのですが」
 組織の設立目的として、取り締まる対象が人間とオカルトとで異なっているだけで、やっている事は同じである。そういう事なのだろう。つまり、国家安全委員会が強引にでも身柄を預かったのは、セディアランドとしては正しい選択である。そういった事は特務監査室も過去に行っているのだから、今回の件で相手を非難するのはむしろ筋違いかも知れない。
 しかし、五歳の子供を得体の知れない組織に拘束されるなんて。これならむしろ、本当に悪霊の仕業だった方がまだ対処方法があったのではないか。エリックはそう思わずにはいられなかった。