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 突然襲われたため、犯人は這いずり男以外の情報は無い。確かに突然の出来事に対しての反応なら妥当な所だろう。だが、事前に聞いていた情報とはいささか食い違っている気もする。そう、彼らが這いずり男と面識があるという点だ。
「ところで、這いずり男の正体を君達は知っていたそうだね。君達が暴行して死なせた、タイタスという男性の事だ」
 タイタスという名前に、三人の表情に緊張が走ったのをエリックは見逃さなかった。行きずりの相手を暴行した時は分からなかっただろうが、後から新聞で名前を見て知ったなりしたのだろう。
「最初の事件の際に、君達は警察にこう証言しているね。犯人は這いずり男の真似をしていた。この時タイタスの名前が出て来なかったのは、這いずり男の顔を見ていなかったから?」
「……はい、そうです。あまりに突然の事で、何が何だか訳が分からなくて」
「では次の事件の時は顔を見てタイタスが犯人だと思った?」
「正確には二回目も顔は見ていません。ただ、這いずり男が口走っていたのを聞いたから……」
「どんな事を?」
「よくも殺したな、と。何だかくぐもっていて聞き取りにくい声だったけれど、そこの所だけははっきりと分かりました。その、殺したなって言われる事に憶えがありましたから……それで僕らはあの時の男性が犯人じゃないかって」
「殺されるよりは、殺人事件の犯人として逮捕された方がいいと。警察に出頭して保護を求めた訳だね」
 だが、冷静に考えてタイタスが犯人だと思うのは不自然である。タイタスは彼らに暴行を受けて亡くなっているのだ。死人に人は殺せない。ましてや、死人が這いずり男として復活するなど科学的に有り得ない事だ。
「何故タイタスだと思った? 彼が亡くなっている事は知っているはずだよね。その上で、這いずり男はタイタスだと確信した理由はあるのかな」
「それは……いえ、僕らも死人が蘇るとか思っていません。思っていませんけど……その、あの事件の後からすぐ、家の前に恨み事を書いた貼り紙をされたり、夜中に窓を叩かれたり。僕だけでなくみんなそうです。まさか本人の訳はないけれど、あの事件の事を知っているのは他にいませんから。そうなると消去法的に死んだ当人の仕業じゃないのかって……」
「タイタスの友人や家族の線だってある。そもそも本当に君達しか事件を知らない確証だってないよ。手掛かりを見つけてたどり着いた可能性だってある。それら全て考慮した上で、それでもまだ犯人はタイタスだと思うのかな?」
「本当に混乱していたんです。今だって、毎日ろくに眠れないくらい疲れていて……分かって下さい」
 そもそもの発端は、無関係な人間に暴力をふるった事ではないのか。そんな言葉が飛び出しそうになるところをぐっと堪える。正論の説教は、特に心の弱っている人間には響かない。それこそ言うだけ無駄というものだ。
 彼らの言い分は理解出来た。主張も特に不自然な点はない。だが、どうしても納得出来ないのが這いずり男の存在である。何故犯人は、わざわざ這いずり男を模倣して犯行に及んだのだろうか。仮に復讐が目的だとしたら、この状況の通り、残る三人は一般人ではとても手出しの出来ない場所に隔離されてしまっている。全員を殺すつもりなら、一網打尽にするべきだった。間隔が開き過ぎているのだ。
 復讐にしても、本当に復讐したいのか、その本気度が伝わって来ない。貼り紙や窓を叩くのは、確かに精神的なプレッシャーにはなるだろう。それで怯えさせる事は出来るだろうが、それもあくまで一時的なものだ。
 本当に犯人の目的は彼らを皆殺しにする事で合っているのだろうか。
 これ以上考え続けても意味は無い。エリックは三人に一礼すると、部屋を後にした。待機スペースで待っていた警察官に外のドアを開けて貰ってから出る。するとそこにはマリオンの姿があった。
「エリック先輩、何か収穫はありました?」
「いや、これといって目立ったものは。ところで、どうかした?」
「実は捜査本部の方に動きがあったみたいで。重要参考人として誰かを連れて来るらしいです。平行して逮捕状も請求しているとかで。ウォレンさん達は一足先に向かいましたよ」
「よし、じゃあ僕達も行こう」
 逮捕状まで来たのなら、恐らく犯人を特定出来たのだろう。すぐさまエリックはマリオンと共に捜査本部へ向かうべく階段を降りていく。
「あら、マリオンじゃない?」
 階段を降りる途中、不意に一人の警察官が声をかけてきた。
「クリスティン! もしかして、ここ勤務だったの?」
「そうなの。護衛警察官の人手が足りなくて、今からシフト」
 マリオンと親しげに話す彼女は、どうやらマリオンの警察時代の友人のようだった。署内でありながら、サーベルを帯刀している。先ほどの護衛警察官も帯刀していたが、万が一の交戦に備えての事だろう。だが、その物々しい装備とは裏腹に、彼女は至って明るく軽かった。
「ところで、そちらが例の?」
「うふふ、そうなの」
「うまくいきそう? ま、頑張って。応援してるから」
 そう言ってクリスティンは手を振りながら階段を登っていった。
 二人の間で自分はどんな風に話をされているのか。
 気にならない訳ではなかったが、女性同士の会話に男が首を突っ込むのはろくなことがない。そうウォレンに教わっているのだ。