BACK

 落ち着いて状況を分析するエリックだったが、戻る事がそもそも出来ない以上は屋敷の中を探索する他無いという結論しか出せなかった。外からの救出も期待出来ず、時間と共に出口が開くとも思えないのだ。
 ひとまずエリックは目の前の廊下を突き当たりまで進む事にした。内装はごくありふれたもので、床板は恐らくブナ、壁には何か安価な繊維質の無地の壁紙が綺麗に貼られている。時折隣接する部屋のドアがあったが、それらはいずれも不気味なほど同じ間隔で、左右向かい合うように付けられていた。そもそも廊下の直線距離が、明らかに外から見た時の建物の大きさにそぐわない。そして、窓も照明も一切無いというのに、何故か視界には困らないほどの光量が確保されている。この現実味の無さは、改めて自分が超自然的な場所へ迷い込んだ事を実感させる。どれだけ意味があるか分からないが、エリックは手帳に進んだ道をメモしていく。
 しばらく廊下を真っ直ぐ進んで行くと、廊下はぴったりと左へ直角に曲がっていて、その先はまた同じような光景が続いていた。途中の部屋には入らず進むと、再び廊下は左へ曲がる。四回目の曲がり角に辿り着いた所で、エリックは目印として壁に大きなバツ印を描いた。そこからもう一度廊下を周り四回目の曲がり角へやって来たが、そこにはバツ印は無かった。どうやら同じ場所を単純に回っている訳ではなく、物理的に有り得ない地形の中に居るようだった。
 エリックは一旦足を止めて廊下に腰を下ろす。大した時間歩いた訳では無いが、妙に体が疲れたような感覚があった。緊張したまま体を動かすと余計に疲れるのだろうか。一度体を休めつつ、思案しながら状況を整理する。
 あの子供は、間違い無くこの屋敷の中へ誘い込む事が目的である。では、この屋敷の目的は何なのだろうか。単純に閉じ込めておくだけにしては、あまりに無駄が多いように思う。こんな長い廊下などどう考えても必要が無い。そうなると、やはり隣接する部屋に理由があるのだろうか。
 いささか危険ではあるが、今度は部屋も探索する事にしよう。エリックは立ち上がると、まずは一番最初の右手にある部屋のドアの前に立った。そしてドアノブへ手を伸ばしたその時だった。突然ドアノブが中からがちゃりと回され、咄嗟にエリックは後ろへ飛び退く。ドアはそのまま廊下側へと開けられた。
「……あれ? もしかして、エリック先輩!?」
 続いて現れたのは、驚く事に行方不明中のマリオンだった。
「もしかして、マリオン?」
「はい! 良かった!」
 そう言ってマリオンはエリックに勢い良く抱き付いて来た。マリオンの両腕はエリックの肩の上から後頭部で交差し、エリックの頭頂部にマリオンの顎が乗る。いささか身長差を強調し過ぎるような構図になったことをエリックは真っ先に気にした。マリオンを引き剥がそうとするものの腕力はマリオンの方が強く、エリックは抵抗が出来なかった。
「と、とにかく、マリオン、一旦状況を説明してくれるかな」
「はい! はい、先輩!」
 マリオンはゆっくりと名残惜しそうに体を離す。表情は輝くような笑顔だった。取りあえず、目に見える不調は無さそうな様子だった。
「もしかして、マリオンもここに迷い込んだという事かな?」
「はい、そうです。先輩と別れた後の帰り道の途中で、何だか苛められてる男の子に会って。度胸試しみたいなことをさせられてるみたいだから、一緒に廃屋に入ったつもりだったんですけど」
「ここに来ていた。うん、僕と全く同じだ」
「じゃあ、あの男の子の仕業でしょうか。その割に、子供の悪戯とは思えないですけど」
「そうだね、ここはもうそういう理屈の通用するような所じゃなさそうだから」
 男の子の正体もそうだが、この建物そのものが超自然的な何かであるのは明白である。これから大事なのは、建物の目的と性質を知り、脱出方法を探り出す事だ。
「ところで、先輩はどうしてこっちに? 帰り道の方向は違いますよね。あ、もしかして私の後を追ってきたんですか?」
「何を呑気な。もう三日も行方知れずだから、両親も心配して執務室に来ていたよ。警察にも相談するって。そっちは室長が都合をつけに行ったところだよ」
「え、三日? それって、私がですか?」
「そうだよ。まあとりあえず、こんな所で三日も生き延びてくれていたのは不幸中の幸いか」
「待って下さい、先輩と別れたのって昨日くらいの話じゃないんですか? 時計はないですけど、大体の間隔ではまだ一晩くらいしか経ってませんよね」
「ん? それってもしかして、時間の間隔が外と違っているのかな」
 こんな非常識な建物なのだから、そのくらいの事があっても驚きはしない。だがそうなると、ますます厄介な建物である。長居すればするほど、世間とどんどん時間がずれていくのだから。
「分かっていると思うけど、出口は今の所見つからないんだ。ここからは二人で協力して探していくよ」
「はい! エリック先輩となら、絶対見つかりますよ!」
 即答するマリオン。おそらく根拠も無しに言っているだろう。だが、不透明な問題を前に気持ちが沈んでいないのは良い事だし、何よりそう頼られては、期待に応えようと自分の気持ちも活気付いて来る。