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 何とかしてみせると意気込むマリオンだが、とてもそんな精神論でどうにか出来る事態ではない。
 マリオンはおもむろに部屋の壁を触ったり叩いたりして音を聞き始めた。おそらく、画一的に見える壁にも脆い箇所があり、そこを見つけて叩く事で物理的にどうにかしようという魂胆なのだろう。そして案の定、見当をつけた辺りに肩から体当たりを仕掛けてみたり、肘打ちを試み始めた。
 そんな単純な方法でどうにか出来るとは思えない。そう思ったエリックだったが、ふと唐突にこの屋敷に対する別なアプローチを思い付いた。それはまさに、マリオンがしようとしている事と同じである。
「つるはしが欲しいなあ」
 今にも意識が遠退きそうだったが、気力を振り絞って天井に向かい叫ぶ。だが、つるはしが現れる事はなかった。やはり建物を直接的に攻撃するような物は出してはくれないようである。
 続いてエリックは、マリオンに向かって訊ねた。
「ねえ、マリオン。剣術が趣味だったよね」
「え? 何ですか、急に」
「いいから。剣術はまだ続けてるんでしょう?」
「もちろん。六歳の頃からずっと続けてますよ」
「じゃあ、剣を振るのは日課になってるのかな?」
「そうですね。毎朝、必ず千回やってます。そうじゃないと、何だかしっくり来なくて」
「それは生き甲斐みたいなものだよね。つまり、剣を振れなくなった、もう生きた心地がしないと」
「そうですねえ。私にとっては寝食と同じくらいに大事な事ですから」
「だったら、今は大丈夫? もう丸一日中触ってないんでしょ?」
 エリックのその問いに、ようやくここまでの唐突な会話の意味に気付き、マリオンがあっと声を上げた。
「そうなんですよ! ここには剣が無いから、もう私、今にも死んでしまいそうで」
「どんな剣が好きなんだっけ?」
「シンプルな両手持ちの剣です。あれが振るのに一番鍛錬になりますから」
 その直後だった。急に部屋の真ん中に大きな金属音が鳴り響いた。見るとそこには、いつの間にか金属製の両手剣が無造作に転がっていた。
 どうやら寝食と同じくらい大事であれば、趣味の物でも出してくれるようである。そして用途についても、あまり綿密に検討しないようだ。
 マリオンはすぐさま剣を拾い上げると、重さとグリップを確かめるや否や、大振りの横薙ぎで剣を壁に叩き付けた。大きな衝突音の後に石が砕けて転がり落ちる乾いた音が聞こえる。剣は切っ先が深く壁の中へめり込んでいた。壁は堅い石壁だったはずだが、マリオンにとってはさほど堅いものではなかったようである。
「エリック先輩、何だかいけそうですよ! もうちょっと待ってて下さいね!」
 めり込んだ剣の切っ先を嬉々として引っこ抜いたマリオンは、続けて同じ部分へ剣を振って叩き付ける。壁にはどんどん亀裂が広がっていき、床の上には壊された壁の破片が少しずつ積み上がっていった。
 マリオンが幾ら剣を振っても、剣は消える事はなかった。一度出したものは、そう簡単には消せないようであった。また剣も頑丈なのか、幾ら壁へ叩き付けても壊れる様子は無かった。刃こぼれくらいはしているかも知れないが、壁を壊すのに刃は大して重要ではない。
 見る見るうちに壁の亀裂が大きくなっていく。更にマリオンは、亀裂の中心に何度も切っ先を突き入れては叩き、亀裂を広げていった。息も切らせず良く動けるものだ、そう思いながら眺めるエリックだったが、のし掛かる疲労感は更に増し、強烈な眠気に見舞われ始めた。いや、正確には眠気というよりもあまりの疲労で失神しそうになっている感覚である。疲労でも人は気絶出来るのか、そんな事を思った。
「マリオン、今更だけど、その壁、外に続く最短とは限らないんじゃ……」
「大丈夫です、これくらい! これで駄目でも、外に出るまで何度も壊し続けてみせますから!」
 マリオンの威勢の良い返事。しかしそんな無計画では先に体力が尽きてしまう。それを伝えようとしたが、そこでエリックの意識は遂にぷっつりと途切れてしまった。気を失う前に、せめて壊す壁を指示しておきたかったのだが。もはやまぶたを開く力すら残されていなかった。
 後はマリオンを信じて任せるしかない。体力の無い自分に出来る仕事はここまでだ。