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 エリック達四人は、南区の貧困地区にやってきた。
 何十年も手入れがされていない傷んだ石畳の通り沿いに、いかにも年季の入った建物がずらりと建ち並んでいる。まるで廃墟のような傷み具合だが、外から見て分かるほど中には人がひしめいている。ただし、そのほとんどは風貌を隠すような格好をしているか、明らかにセディアランド人ではない容姿だ。
 建物の周りには、明らかに違法な露天が所狭しと並んでいる。そんな中を行き交う人からは何とも言えない臭いと、見慣れない胡散臭さが溢れ出ている。彼らの生活水準は推して知るべしだが、決して高いものではない事ははっきりしている。皮膚の様子からしても、着替えや風呂どころか食事すら満足には取れていないだろう。にもかかわらず、中には強い酒の臭いをさせながらふらふら歩いている者さえいる。言い方は悪いが、人間こうはなりたくないという見本のような人達だと思う半面、自分もこういった生活を余儀無くされれば案外順応していくのだろうかと思った。
「これが貧困地区……」
 目の前の光景に一番ショックを受けているのはマリオンだった。こんな世界があるのか、そう言いたげな表情で両手で小太刀を握り締めている。目立たないよう黒い布の袋に入っているとは言え、ちょっとした出来事で抜き放ちかねない危うさがある。
「ウォレンさんは何か余裕そうですね」
「ああ、まあな。前までは、たまーに来てたからな。プライベートで」
「えっ、どうしてまた?」
「あんまり大声じゃ言えねーけどさ。ここだと喧嘩には困らねーからな。いや、流石にもうやってねえぞ。ずっと前の話だ」
 以前のウォレンは、己を責めるあまり自虐的で破滅願望に取り憑かれた生き方をしていた。ここで喧嘩をしていたというのも、自分に対する嗜虐行為の延長だったのだろう。無論、今のウォレンには全く無用のものだ。
「とりあえず、ここは慣れてる俺の言う通りにしとけよ。絶対に単独行動するなよ。マジでここは大人でも誘拐あるからな」
 となれば、明らかに貧困地区の人間ではない姿をした自分達は、彼らにとっては格好の獲物に見えるだろう。そう考えると、今回はかなり危険な調査になるのではないか。
「ほーんと、貧困地区って言うだけあって落伍者ばっかりですねー。さっさと終わらせて、こんな不潔なとこ出ましょう」
「お前もな、ここでのそういう軽口は洒落で済まねえからやめろって」
 正確に言えば、貧困地区というのは正式な名称ではない。聖都は何度か都区画の大規模な拡張工事を行ってきたが、その中で過去に一度、計画そのものが失敗し破綻した事がある。原因は複合的で一概に言えないが、問題はその計画の対象だった南区に残った。様々な事業者が撤退し、工事は途中で実質的に放棄される。その半端に拓かれた土地に、経済的な理由から住居を構えられない者が集まり始めた。そこから国内外の素性の怪しい者や不法なビジネスの拠点へ膨れ上がり、大きな社会問題となった。定期的に取り締まりを強化し浄化作戦を実施するものの貧困層の問題解決までには至っていない。そういった背景から地価は底値から上がらず、再開発計画も新たには組まれていない。貧困地区は外国のような場所だ、と揶揄する者もいるが、それもあながち間違いではないのが現状である。エリックも、仕事でなければ足を運ぶ事は無い。
「とりあえず、片っ端から聞き込みしてみましょうか?」
「いや、それはやめとけ。ただでさえ俺らは目立ってんだ。金をせびられた後にガセネタ掴まされるのがオチだ」
「となると、自力でそれっぽいのを探すしかなさそうですね。堂々と万能薬を売ってるなんて看板掲げてるとは思えませんが……」
 こんな救いのない所で、そもそも万能薬を広める理由は何なのだろうか。希望が見えないあまりそういった願望を噂で広め、いつしかまことしやかに囁かれるようになっただけとしか思えない。単なる噂ならそれで構わないが、協力的な人間でも見つけられない限り、嘘と噂に振り回され続けるような気がしてならない。
 すると、おもむろにウォレンが何かを見つけエリックの肩を叩いた。
「おう、あれ見ろ。もしかすると、手掛かりになるかも知れねーぞ」
 そう言ってウォレンが示した先にいたのは、数名の老人だった。彼らは連れ立ってどこかへ行こうとしているようだった。何やら生き生きとした表情をしているが、いずれも足を引き摺っていたり頻繁に咳き込んでいたり、体の調子は良さそうではない。けれど、どれも特筆するほど不自然なものではない。ましてや、こんな不衛生な所に住んでいるのでは尚更だ。
「年齢なりに、という感じはしますけど」
「万能薬があれば、必要とするのはどういうやつだ? まずは病人だろ。それから?」
「それから……ああ、なるほど。歳を取れば何もしなくとも調子が悪く感じるから」
 筋は通った意見ではあるが、果たしてそううまく辿り着けるだろうか。とは言っても他に妙案がある訳でもなく、まずは取っ掛かりを作るためにその意見を採用する事にした。