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 脅迫で無理やりエリクシルの保管場所を聞き出すと、早速三人はその場所に向かった。エリクシルは地下の倉庫で一括管理していて、その入り口は一階廊下の奥まった場所にあった。地下へ続く広く浅く長い階段、そのすぐ傍にある詰め所は無人になっていた。マリオンが取り押さえた彼らの内の何人かがここにいたのだろう。食べかすや酒の瓶などがそこら中に散乱し、とても病院とは思えない散らかり用である。詰め所の中のキーボックスから鍵束を取り出し、地下への階段を降り始めた。
「あの、エリック先輩? 一応ですけど、さっきのって冗談ですよね?」
「冗談というか、ルーシーさんに合わせただけだよ。反対していた僕が仕方ないからそうしようって心変わりを見せれば、流石に怯んでくれるだろうからね」
「あー、なるほど。そうですよね。私、エリック先輩までそんな事をするなんて言い出したからびっくりしちゃいました。でも、それでも怯まなかったどうするんです?」
 すると、一番後ろのルーシーが淡々とした口調で答えた。
「その時はやるよ? 下っ端もボスへの忠誠心を見せるチャンスだろうし、本望でしょ」
「ま、まさかあ。からかわないで下さいよ」
「マリオンは私のことどう思ってるか知らないけど、私ね、ああいう連中って嫌いなの。万能薬だの不老不死だの、そりゃオカルトだし信じられないものでしょ。それを心の弱みにつけ込んで信じさせて、金を稼ぐだの自尊心を満足させるだの。そういうのを人助けだなんだって言い替えてさ、クズにも程があるって訳よ。私は人間は平等だなんてちっとも思ってないし、ああいう連中は下の下だから軽く扱えるの」
「そ、そうですか……」
 ルーシーは明らかに苛立っている。普段は飄々として怠けてばかりだけれど、こんなに強い感情を見せたのはいつぐらいぶりの事だろうか。
 ルーシーが苛立つ理由はエリックも理解している。ルーシーは本物であろうと偽物であろうと、オカルトを悪用する人間が嫌いなのだ。そしてそれはラヴィニア室長も同じである。性格も正反対の二人が同じ職場でうまくやっていられるのは、この価値観の一致があるからだろう。自分自身、勝手な理屈をごねる人間を嫌うように、ルーシーにも嫌う人間がいる。今回はたまたま自分とルーシーの両方が嫌う要素を兼ね備えた案件だったようである。
「ルーシーさん、後輩には建て前でも別の手段にするとか方便を使って下さい。流石に困惑しますから」
「そういうのはエリック君に任せてる。私は悪い先輩ポジションでいたいの」
「いい加減、室長補佐を尻拭いにしないで下さいよ」
 しばらく階段を降りていくと、一度左に曲がり、更に降りた所で目的地らしい場所へ到着した。大きな観音開きの鉄の扉である。エリックは早速鍵を外し扉を開いた。
 倉庫には幾つもの収納棚が並び、それぞれに隙間無く木箱が収められている。木箱を一つ取り出して中を開けてみると、そこには大量の薬包紙が詰まっていた。調査のために手に入れたものと全く同じ薬包紙で、その中身も白い粉薬だった。
「なんか変な臭いが……これがエリクシル?」
「多分そうだと思います。阿片っぽい臭いがしますから」
「マリオンって阿片の臭い知ってるの?」
「前に何度か家宅捜索で押収したことがあって、先輩に臭いを覚えておけって言われて嗅がされたんです。大抵の安物はこういう酸っぱい臭いがするからと」
「なるほど……。となると、もうこれは確定かな」
 鑑識によれば、エリクシルの主成分は阿片である。物証が見つかった以上は、もはや言い逃れは出来ない。この医院も閉鎖に追い込めるし、エリクシルも二度と流通はしないだろう。
「ここにあるのが全部そうなのか……」
「混ぜ物をしているとしても、これはかなりの量ですね。私も見たことがありません。末端価格にしたらどれくらいになるのか。あの人も、これだけ用意出来るお金があるなら、普通に医者を手配する事だって出来たかも知れないのに」
「それじゃあ医者が救った事になって、自分が救った事にはならないでしょー? ああいう手合いはね、自分がやったんだっていう達成感が欲しいの」
「じゃあ、弱者を救いたいって言ってた事も嘘なんでしょうか?」
「自分が救って感謝されたいって事よ。今まで感謝なんて興味なかったけど、年取って余命が見えてきたから、人生の最後は感謝されて終えたいって思うようになっただけ。でも根はろくでなしのままだから、こういう方法しか出来ないの。ま、余生は獄中で過ごして貰った方が世のためよねー」
 あの老人が起訴されたとして、まず情状酌量はされないだろう。高齢である事を差し引いても、実質終身刑のような判決になるはずだ。麻薬犯罪はそれくらい罪が重い。
 彼を検挙したことで聖都があるべき正しい姿を取り戻した。それは間違い無い。だけど、本当に解決しなければいけない問題は棚上げになったままである。その仕事は自分達の領分ではないが、果たして解決される時はいつ来るのだろうか。今のままではきっと、また彼のような人間が出て来てもおかしくはない。