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 その使者団は、四人がいつものように賑やかに夕食を取っていた酒場での席に唐突に現れた。アリスタン王朝からの勅命。周囲にも聞こえるよう大袈裟に説明を始める使者に、ドロラータ、レスティン、シェリッサの三人はすぐさま訝しげな表情を浮かべた。突然、しかもいきなりの勅命である。間違い無くろくでもない面倒事であるという確信があった。そんな三人の思惑を知ってか知らずか、エクスは普段通り真摯な態度で真面目に畏まっている。そんな彼らの様子を酒場に居合わせた客や店員達が、興味津々といった様子で遠巻きに見守っていた。
「勅書、拝見致します」
 恭しく受け取った書状の封蝋を開け中の文書を確認するエクス。そこにいったい何が書かれているのか、一同は固唾を呑んで見守っていた。
「……確かに! 勅命、しかと承りましたとお伝え下さい」
「宜しくお願いいたします、勇者エクスとそのお仲間達。王を初めにアリスタン王朝はあなた方の活躍を心から期待するものです」
 そして使者団は用件が済むとあっと言う間にその場から立ち去っていった。すると今まで遠巻きだった周囲の興味は一斉にエクスへ注がれる。彼が勇者エクスだと気付いている者がほとんどだったが、アリスタン王朝からの勅命とあっては内容を知らずには居られなかったのだ。
「それで、エクス。どんな内容? どうせロクなもんじゃなさそうだけど」
「うん、ちょっとここでは話せないな。食事が終わったら部屋で説明するよ」
 そう言ってエクスは勅書を内ポケットの中へ大切に仕舞い込んだ。
 何をもったいぶるのか。周囲からそんな声がちらほらと聞こえる。当事者でもない他人はいい気なものだとレスティンは思った。大雑把なエクスが言い淀んだということは、誰の目にも明らかなほど表沙汰に出来ない厄介な内容だということである。自らの手勢を使わずエクスにさせようという思惑もきな臭く、しかも勅命とあっては断る事も出来ないのだ。
 それから手早く食事を済ませると、店中の好奇の視線を浴びながら四人は二階の部屋の一室へ入る。部屋の鍵をかけ、ドロラータが盗み聞きを遮断する結界を張る。そしてエクスはまた勅書を取り出すと、早速説明を始めた。
「ハイランドはみんなも知っていると思う。魔族の侵略戦争で実質的に国は崩壊し、今は人類軍と魔族軍の最前線となっている激戦区だね。そこで問題が起きたようなんだ」
「問題って?」
「あまり大きな声では言えないのだけど。どうやら人類軍から大量の脱走兵が連日出てしまっているようだ。事態を重く見た軍監が取り締まりを強化しているが、それでも今も連日のように脱走兵が出ている」
 脱走兵。軍法に照らし合わせれば、ほぼ例外無く死刑となる重罪である。魔族軍との戦争は非常に長く、厭戦感情が芽生えた兵士が出てもそれはおかしい事ではない。問題はその数と頻度である。未だ脱走は続いているそうだが、少なくとも人類軍がそこまで追い詰められているという話は聞いたことがない。戦意が落ちているという噂も耳にしない。では他に兵達を脱走させるだけの要因があることになる。
「どうやら俺達にこの脱走の原因を調べて欲しいとのことだ。うーん、最前線での大量の脱走兵とは。不思議なものだねえ」
 そうエクスは呑気な様子で小首を傾げる。かつては義勇兵とは言え軍隊組織に身を置いていた人間とは思えない悠長さである。
「実はとっくに人類軍がやばいんじゃないの? それで脱走兵が止まらないとか。魔族軍だって、新戦力なり投入して戦況を変えようとしてきてもおかしくないでしょ」
「ですが、そのようなニュースなど聞いたことがありませんよ」
「流石に情報規制はするでしょう。プロパガンダなんて印象操作くらいどこでもやってるやってる」
「それに、脱走兵がどこに行ってるかも気になるね。この人数は当てがあって脱走してる数だし。そうでなきゃ野垂れ死ぬような知らない土地に飛び出さないって」
 脱走と言っても、軍を飛び出せばそれで完了ではない。生きるために脱走をするのだから、そのままハイランドで野垂れ死んでは何の意味もないのだ。脱走を次々としているのだから、どこか身を寄せる当てがあること、その情報が兵士の間にはある程度広まっているのは確実だろう。
「いや、戦況が変わっていないのは事実なんじゃないかな」
 ふとエクスが確信した様子でそう話し出した。
「その根拠は?」
「戦況の悪化が原因での脱走なら、わざわざ俺達に調べさせるでもないだろう。自分達でそうだと分かっているんだから、あえて外部の人間を介入させるリスクを冒す必要性がない」
「自分達で分からなくても、自分達で調べる事は出来るんじゃないの?」
「そこはほら、ハイランドは激戦区、戦争の最前線だからね。調べるにしても、危険で難しいんじゃないかな」
 そうは言うが、危険はこちらも変わらない。訓練を受けた兵士で危険なら、エクスの懐柔が目的で送り込まれただけの自分らの危険はどれほどになるのか想像もつかない。
「さて、では明日にでもハイランドへ向かってみようか! 直行便はあったかなあ。まずは移動手段を調べてみないとね」
 エクスは妙に楽しそうな様子で笑顔を見せる。三人は一体何が楽しみなのかと呆れかえっていた。要するに、最前線という危険な場所で探偵の真似事をしろというのが勅命なのである。背いた場合の死罪さえなければ、真っ向から反発しエクスからもぎ取ってでも勅書を王都へ送り返したい所だ。
 これまでの旅も決して安全なものではなかったが、既に地域レベルで危険な場所へ赴くのは初めてのことである。果たして自分達は無事生きて帰って来れるのか。エクスとパーティを組んだ人間達は悉く悲惨な最期を遂げると言われているが、そこに自分達が含まれるのもいよいよ現実味を帯びて来た。