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「え……もしかして魔族?」
 ドロラータ、レスティン、シェリッサは、現れたこの二人組の内の片方を見て警戒感を露わにする。魔王を倒したとは言え、今も人類軍と魔族軍は戦争中であり、魔族は人類にとって明確な敵であるからだ。
 何故魔族がこんな所に。そんな疑問もあったが、何より最も理解が出来ないのはもう一人の人間の存在だ。
「どうして……まさか魔族と組んでる?」
 共に現れたのは明らかに人間、人類軍の脱走兵のように見えた。そして共に現れたという事は二人はそういう関係だという事である。
 緊張で凍り付く場の空気。三人は自覚の無い間に少しずつ後退りし、エクスの後ろの方で構えを取っていた。エクスは魔族など見慣れているらしく、二人組を前にも堂々と構えている。だが不思議な事に、エクスは未だ剣を抜いていなかった。相手も構えてはいないが、だからといって戦わないとも限らないはずなのだが。
「魔法の気配があったから誰が来たのかと思えば……まさか、こんな大物だとはね」
 魔族の青年はエクスを見るなりそう溜め息をついた。やはりエクスの顔は魔族なら良く知っているようだった。
「取りあえずの後ろの三人も含めて、構えないで欲しい。こちらもあまり事を構えたくはない」
 そう言って何も持っていない手のひらを見せる。だが三人は警戒は解かなかった。魔族は皆、人類よりも遥かに魔法に長けている事を知っているからだ。
「俺達は人探しに来ただけだ。何も揉め事を起こすつもりはないから安心して欲しい」
「人探し? ここに来るのは脱走兵だけだ。それを知っていて、敢えて人探しと言っているのか?」
「脱走した事で困っている方々がいるのでね。頼まれ引き受けたので、何とか穏便に連れ戻すつもりだ」
「それは困るな。連れ出した事で、この場所が外に漏れてしまう危険性がある。あなた方にもここでお引き取り願いたい。これが揉め事を起こさない唯一の選択だ」
「むう、それは困るな! ここまで来てむざむざ手ぶらでは帰れないぞ!」
 直後、凍り付いていると思っていた場の空気がより冷たく重くなっていくのを三人は感じた。魔族の青年が殺気を放っている。そしてそれはエクス一人に向けられ、三人は全く眼中にないという様子だ。それでもエクスは平然としたまま、未だ剣を抜きすらしていない。
 互いの目的がどうの以前に、魔族には魔王を殺された恨みがある。このままエクスと戦う事になってもおかしくはない。
 三人は実際に魔族と自分が直接戦った事は無い。どれほど強いのかも噂でしか知らない。だからこうしていざ本物を目の前にして、とても無事で済むとは思えなかった。実力どうこう以前にこう気圧されては戦いにもならないだろう。
 戦意を見せる魔族の青年に対し、果たしてエクスはどう出るつもりなのか。緊迫感が最高潮に達しようとはしたその時だった。
「や、やめようよブラッド。勇者エクス相手じゃ敵いっこないって!」
 突然、隣の青年が魔族の青年を抑えた。それに対し、
「だからと言って、このまま進ませる訳にはいかないだろう! いいからお前は、早く戻ってみんなに知らせろ」
「む、無茶だよぉ。見殺しになんか出来ないよ!」
 魔族と組んでいるという事は、魔族軍側へ寝返ったという事。そう捉えるしか無いが、やけに気安い口調だと感じられた。寝返った兵とは基本的に相手からも軽んじられぞんざいに扱われるものなのだが。
 この二人、何かが不自然だ。自分が想像するような間柄ではないのだろうか。
「戦わない事が一番だと思うし、戦いたくないならお互い収めようじゃないか! きっとどこかに落とし所が必ずあるはずだ。少しでも戦いたくない理由を持って戦うのは、必ず後悔を伴うものだぞ!」
「うるさい。戦いたくない我々を追い掛けて来たのはそちらの方じゃないか」
「いや、だから目的は人探しだって……うん?」
 今の言葉に何か気付き、エクスは小首を傾げる。
「戦いたくない我々? もしかして、キミも脱走兵なのか? その、魔族軍からの脱走兵」
「ああ、そうだ。こんな無駄な戦いなど付き合ってられないからな」
 魔族軍からの脱走兵。その意外な事実に、エクス達四人は驚きを隠せなかった。人類軍に厭戦の気配があるのなら、魔族軍にも同様であるという事に違和感は無い。人類軍と同じように脱走兵が出てもおかしくはないだろう。だが問題はそこではない。
「まさかこの先には、その、脱走兵達がいるのか? 人類軍と魔族軍と両方の?」
 二人は黙ったまま答えない。だがそれは、実質肯定しているようなものだ。
 脱走兵達が向かった先は、戦争に嫌気の差した者同士のコミュニティーだとして。そこには人類軍だけでなく魔族軍の脱走兵もいて、更に彼らは共存しているという事なのだ。そう、人類と魔族が、である。